目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話

 時仁夏の葬儀が終わった翌日あたりから、軍の全体が急に慌ただしくなった。

細かく兵の配置が分けられ、武装も揃う。雷梧の率いる兵も、五千に増員された。しかし、何の為かは知らされない。

「雷将軍、契丹(モンゴル系民族)の大軍でも来るんですか? そんな気配もないですが」

 演習場の整備のとき、宇文平が不審そうに言った。

 副将となった宇文平は、教官だった事は忘れたかのように丁寧だった。雷梧も立場を自覚し、上官らしい口を利くよう努めている。

「分からない。敵の姿は無いから、大規模な演習だと思うんだが」

 妙ですね、と宇文平は訝って去る。

 やがて伝令が来た。

 将軍たちは、会議室へ集れという。


「急がせて済まない。さすがは将軍たちだ、滞り無く進んでいるな」

 集まった全将軍を、厳荘が誉めた。千人近くを無理矢理詰め込んだ会議室は狭く、息苦しい。

 全員に、唐の東都・洛陽までの地図が配られていた。日取りと道順が示してある。

「諸君をわざわざ屋内に集めたのは、これから話す事を部外に漏らさぬためだ。――ここより先は、殿からお話し頂く」

 ぬっと、巨体が入って来た。部屋の圧迫感が増す。単純に空間の問題ではなかった。その目が、抜き身の刀のように光っている。

 全体を舐めるように見渡し、安禄山は口を開いた。

「諸君も知っているだろうが、長安にいる宰相・楊国忠は、楊貴妃の一族というだけで、その地位を得た。奴は、政務を取り仕切って皇帝陛下を操り、専横は極まりなくなっている。――唐の天下は、一匹のコソ泥に動かされているのが現状だ」

 重々しく、怒りを抑えている口調だった。

「ところが最近、わしは陛下より密書を賜った。『安禄山よ、頼れる者はお前しかいない。急ぎ都へ上り、奸臣楊国忠を討伐せよ』と、悲痛に綴られている」

 安禄山は書状をかざし、ため息をつく。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?