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第30話

「あぁ~、アレは国宝院家のお嬢様ですね」


 完全に野次馬と化した織羽おりはとリーナ、その背後から声がした。

 その声に二人が振り向いてみれば、訳知り顔でふんすと鼻を鳴らすメイドがひとり。


「知っているのマリカ!?」


「知っているのですかマリカさん!?」


 そんな織羽おりはとリーナのリアクションに気を良くしたのか、マリカはその場で腕を組み、偉そうに解説を始めた。


「国宝院といえば、日本トップクラスの探索者ギルド『黄金郷エルドラド』を運営している家ですね。九奈白家には劣りますが、ちゃんと世界的に有名な家ですよ」


「あ、ギルド名は聞いたことがありますっ!」


 マリカの説明に元気よく応えたのはリーナだ。ギルドとは、簡単に言えば探索者達の集まりである。探索者が集まってパーティとなり、パーティが集まってギルドとなる。世界中には星の数ほどのギルドが存在しており、大から小まで、その規模も知名度も様々だ。そんな中にあって、遥か遠い外国の地からやってきたリーナでさえ耳にしたことがあるということは。マリカの言う通り、国宝院はかなりの知名度を誇る家らしい。一方の織羽おりははといえば、そんなギルドのことなど当然のように知らなかった。


(へぇ……ギルドねぇ……ボクはドコにも入ってなかったからなぁ……)


 織羽おりはは一匹狼――というよりも、故あってずっと一人でダンジョンに潜っていた。当時はまだ幼かった為、どこからも相手にしてもらえなかったのだ。その後は隆臣にスカウトされ、現在まで情報調査室に所属している。そういった背景から、織羽おりはは一度たりともギルドに所属したことがない。彼にとってのダンジョン探索とは、一度のミスで命を落とす、ただ一人暗闇の中を歩く行為に他ならないのだ。そのおかげというべきか、織羽おりはの認知度は未だに、その実力に反比例して驚くほどに低いのだが。閑話休題。


「実際にダンジョンから資源を持ち帰り、それを売却することで利益を出している国宝院家。それに対し、市場に流れたダンジョン資源をあれこれして利益にしている九奈白家。両家の関係は良く、ビジネスパートナーとしても親密な関係だったハズですよ。確か、当主同士も知り合いだとか」


「え……でもアレ、スゴい険悪なムードですよ?」


「……仲がいいのは代表者だけで、お嬢様同士は仲が悪いのかもしれませんねぇ」


 織羽おりはが指差す先では、国宝院シエラがその敵意を隠そうともせず、じろりと凪を睨みつけていた。

 一方の凪は『また面倒な相手と出会ってしまった』とでも言いたげな、酷くうんざりとした顔であったが。とはいえ、そんな天上人たるお嬢様方の間に割って入ることなど、一介のメイドに出来る筈もない。結局メイド二人と留学生は傍観することしか出来ず、この場は凪に任せるしかなかった。


「久しぶりですわね、凪」


「ええ……別に会いたくはなかったけれど」


「それはこちらのセリフですの。いつぞやのパーティで私に恥をかかせたこと、よもや忘れたとは言わせませんわ」


「アレは貴女が一人で騒いで、勝手に恥をかいただけでしょう? 私の所為にされてもね」


 最初のセリフからも予想出来たことだが、やはりお互いに面識はあるらしい。互いの両親に交友がある所為か、恐らくは幼い頃からの腐れ縁といったところか。そんな凪とシエラの口からは非常におもしろそうな、なんとも興味深いエピソードが飛び出している。傍観者に徹している織羽おりは達は、詳しく聞きたい気持ちをぐっと抑えていた。


「そんなことより、これは一体何の騒ぎかしら? あまりこういう『決めつけ』でモノを言いたくないのだけれど――どうせ貴女が、そっちの彼女達に難癖をつけていたのでしょう?」


 そう言うと、凪は自らの背後へと視線を送る。そこには二人の少女――互いを莉子、火恋と呼んでいた――が、凪に庇われるかのようにして立っている。

 面識はないはずだが、しかし莉子と火恋の二人も、恐らくは仲裁に来たのであろう凪に全てを任せていた。先ほどは莉子を守るために果敢に立ち向かっていた火恋だが、今はその勢いも鳴りを潜めている。それはそうだろう。国宝院シエラの『面倒くさそう』っぷりは、初見でも察しが付くレベルなのだから。


「ふん、相変わらず失礼な女ね。私はただ、そこの庶民臭い二人がぶつかって来たから叱責していただけですのに」


「……まぁ、大方そんなところだろうと思ったわ。まだそんな下らない事をしているのね。そもそも貴女の家だって、別に由緒正しい名家というわけでもないでしょ。もちろん私の家もだけれど」


「家としての歴史は浅くとも、このダンジョン時代の最先端を走っているのが我が国宝院家です。あと数百年もすれば、我が国宝院家はこの国を代表する名家になっていましてよ」


「知らないわよ、そんなこと……貴女と話していると本当に疲れるわ」 


「あら、急に褒めても何も出ませんわよ」


 凪が大きなため息を吐き出す。それをどう曲解したのか、シエラはまんざらでもなさそうな顔になっていた。それを傍から見ていた織羽おりはは直感した。言動は少々エキセントリックだが、しかしこの国宝院シエラという女――――意外と面白い人なのかもしれない、と。リーナと同様に、恐らくは根っこの部分がバカ系だぞと。口にこそ出しはしないが、やはりナチュラルに失礼なメイドである。


「耳が腐っているのかしら? 微塵も褒めてないわよ。 もういいから、さっさと消えなさい。これ以上面倒事を起こすなら、学園から叩き出すわよ」


「貴女が私を? 一体どうやって? まさか力づく……なんて言いませんわよね? 頭でっかちの貴女と違って、私は既に探索者として活動してますのよ?」


 自慢げに胸を張るシエラ。

 彼女と同年代で探索者をしている者はそう多くない。大抵の場合は高校卒業後に活動を始めるものだし、ましてシエラは歴としたお嬢様なのだ。こと白凪学園内に限って言えば、既に探索者として活動をしている者など、恐らくは片手の指で足りる程度にしか居ないだろう。とはいえ単純に、探索者志望の生徒がほとんど居ない所為でもあるのだが。


「それに私、順位は既に六桁台ですのよ。以前は我が国が誇る序列第六位、あの国選探索者の天久隆臣様からの直接指導を受けたこともありますのよ? ふふふっ、貴女ではとてもとても……」


 何やら誇らしげに語るシエラであるが、しかし織羽おりははその言葉の中に、よく知る名前があったことに気づく。


 (……ん? なーんか聞き覚えのあるゴリ――名前が出たような……あのゴリラが他人を指導? いやいやいや……無いでしょ)


 織羽おりはのよく知る天久隆臣という男は、その手の性格をしていない。あれで意外と真面目なところもあるゴリラだが、少なくとも後続の育成に力を入れるようなタイプではないのだ。見習いにやらせるくらいなら俺がやる、などと言い出すタイプである。仮にシエラが将来有望な探索者の卵だったとしても、隆臣は興味すら持たないだろう。例外中の例外が織羽おりはであり、その織羽おりはですら、探索者として何かの教えを受けたことはない。というかそもそも織羽おりはの方が強い。故に指導を受けたことがあるというシエラの言葉は何かの勘違いか、或いは見栄を張っただけの嘘だと分かるのだが――――


 それでもやはり、いちいち割って入るようなことはしない。

 そもそも織羽おりはは正体を隠している身で、隆臣と知り合いだなどと言えるハズもない。『そんなハズはない』などと言ったところで意味がないし、言うつもりにもなれなかった。有名人に師事したことがあるという、少女の可愛らしい見栄だ。いっそ微笑ましいほどである。そう考えればこの国宝院シエラという少女、やはり織羽おりはにとって『おもしれー女』であった。凪とはまた別ベクトルのおもしろさである。


 と、織羽おりはがそんなふうに考えていると――


「私は指揮官タイプなの。貴女のような脳筋と一緒にされたくはないわね。もしどうしてもと言うのなら、あそこにいる私のメイドが相手になるわ」


「えっ」


 突如、傍観者であるはずの織羽おりはへと水が向けられた。

 凪とシエラが対峙する現場からは少し離れている場所にも関わらず、あっという間に発見されてしまう。


「あら、あれが貴女のメイドですの……ふぅん、綺麗な顔をしているじゃない」


「お、恐れ入りますぅ……」


「貴女、序列はいくつですの? 主人の為とは言え、私の前に立ちはだかるとはいい度胸ですわね。凪はああ言ってますけど、どうしますの?」


 おかしい。

 別に今すぐどうこう、などという話ではなかったハズなのに。織羽おりははそう考えるが、しかしシエラ嬢は随分と鼻息を荒くしている。これは恐らく凪からの挑戦状だろう。あの程度のふざけた変装で誤魔化せると思うな、化けの皮を剥いでやる、というメッセージだろうか。仮にも学友であるシエラ嬢を利用する辺り、なかなかに狡猾な一手であった。ともあれ、相手は九奈白と並ぶ金持ちの娘である。こうして直接話しかけられてしまっては、最早無視も出来ない。


 そうして前に歩み出た織羽おりはは、自信満々にこう言った。


「やれやれ、お嬢様の命令とあらば仕方ありません……では私の侍従仲間がお相手致しましょう! んあぁ仰らないで、序列四桁のナイスガイですよ」


「それルーカスの事ですよね!? だめですよっ! 貸しませんからねっ!!」


 そんなメイドにあるまじきふざけ具合ではあったが、その甲斐あってか、腕試し(?)を有耶無耶にする事には成功した織羽おりはであった。


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