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第31話

 なんだかんだと言い包め、そうして国宝院シエラが去った後。

 凪は三度大きなため息を吐き出し、げんなりとした表情を見せていた。


「はぁ……急に疲れたわ……」


「なんだかスゴい人でしたね……お疲れ様です、お嬢様」


「試すような真似をした私にも非があるから、あまり責めるつもりはないけれど……貴女も疲れた原因のひとつよ」


「てへ」


 織羽おりはがこういう人間だということを、凪はこの一ヶ月あまりで理解していたつもりであったが――――どうやらまだ理解しきれていなかったらしい。一方で、凪は見た目ほど嫌な思いをしているわけではなかった。近頃ため息を吐く回数が増えていることを自覚しつつ、それでも現状を楽しいと思ってしまっている。それが良いことなのか悪いことなのかは凪自身にも分からないが、何に対してもツンケンしていた以前と比べれば、随分と気が楽だった。


 そうして漸く、凪が背後の二人へと声を掛ける。

 取り巻きを連れたド派手金髪女と、メイドを連れた黒髪美少女。どう見ても只者ではないお嬢様達の争いに、二人はすっかり萎縮してしまっていた。


「災難だったわね。今後には関わらない方が良いわよ。面倒でしかないから」


「その……助けて頂いてありがとうございますっ! えっと……」 


「私は九奈白凪よ。貴女達と同じ一年だから、そう緊張しなくていいわ」


 当然ながら、凪は学内でも名の知れた生徒だ。加えて容姿や所作のおかげで、通学の度に周囲から憧憬の眼差しを浴びている。しかしだからといって、全校生徒に外見を知られているというわけではない。さっさと教室に直行し、無駄な寄り道などをしないからだ。故に莉子達が凪の顔を知らないのも、別段不思議なことではなかった。そんな莉子達へと、まるで威張る様子もなく自己紹介を行う凪。この気取らない性格が、彼女の持つカリスマ性といったところか。


「あ、ありがとうございます! 私は櫛谷莉子といいます! こっちは親友の火恋ちゃんです!」


「ども、皐月火恋です。っていうか莉子、めっちゃフレンドリーに話しかけてるけどちゃんと気づいてる? 今この人『九奈白』って言ったよ?」


「え? うん、聞いてたよ。珍しい名前だよね――――あっ!?」


「天上人だよ、おバカ」 


 莉子が火恋に指摘され、慌てた様子で凪へと向き直る。どうやら相手が誰であるかに漸く気づいたらしい。

 そうして『とんでもない失礼を働いてしまった』とでも言わんばかりにペコペコと、ヘドバンよろしく頭を上下に振りまくる。


「あのっ、すみません! 私達は特待生で! 知らなくて! とんだ失礼を!」


「あたしからも謝ります。この子、こういうことに疎くて」


 特待生とは、各学科にごく少数のみ設定されている枠だ。専ら一般家庭の者が、白凪学園の優れた環境で学ぶために作られた制度である。

 特待生として入学した者は学園生活を送るうえでの費用、その全てを免除される。寮の利用から学費、その他必要なものであればなんでもだ。一般的な特待生と比べても破格な待遇ではあるが、それだけ特待生に選ばれるハードルは高い。つまりこの莉子と火恋の二人は、その凄まじく高いハードルを超えた、超優秀な学生ということになる。そんな特待生の二人からすれば、『九奈白』の名はほとんど神のそれに近い。白凪学園を運営しているのも、そして特待生の為の費用を負担しているのも、全ては九奈白家であるからだ。


 だが凪に言わせれば、こうしてへりくだられるのはひどく不愉快であった。

 学園を運営しているのは父であり、自分ではないのだ。自らの力に依らない事で持ち上げられるのは、凪が最も嫌がることだ。


「分かったから、もうやめて頂戴。別に私が偉いわけじゃないのだから、私の機嫌を窺う必要なんてないわ。ただの同級生よ、私と貴女達は」


「えっ、でも……やっぱりそういうわけには!」


 凪本人がそう言っているからといって、はいそうですかと言うわけにはいかない。それほど九奈白の名は大きい。

 先程とは一転し、徐々に機嫌が下降してゆく凪。それを見かねた織羽おりはが、横からフォローに入る。


「よろしいですか? うちのお嬢様はこう仰っています。『友達として仲良くしてね?』と。そんなお嬢様の好意を無碍にするなんてこと、ありませんよね? あ? お?」


「ひいっ!」


 否、フォローに見せかけた恫喝であった。それはまるでインテリヤクザのようで。当然、凪からツッコミが入る。


「言ってないし、やめなさい!」


「おっふ! ナイス手刀ですお嬢様!」


 そんな馬鹿げたやりとりに、シエラの襲来によって張り詰めていた空気が漸く弛緩する。ウィッグがズレないかとヒヤヒヤした織羽おりはであったが、強固に固定された銀髪はなんとか無事であった。バレないようにウィッグを確認しつつ、話を変えるように織羽おりはが切り出す。


「お二人は特待生なんですね。ということは、とても優秀な生徒でいらっしゃる」


「そうね。白凪学園うちの特待枠はとてもレベルが高いわ。出自なんて関係なく、そこらの金持ち生徒なんかよりも、二人のほうが余程優秀なはずよ」


 凪は莉子と火恋が一般家庭の出だということを気にもとめないばかりか、その優秀さを褒めてさえみせた。そこらの金持ち娘が相手だったならこうはいかない。選民思想というべきか、『自分は生まれがいい』だとか『庶民のくせに』だとか、そういった考えを少なからず持っている者がほとんどなのだ。それこそ、先程の国宝院シエラがそうであったように。


「いえっ、私たちなんか全然……」


「莉子、ここは謙遜しない方がいい。あたし達は探索者志望なんだから、今のうちに顔を覚えてもらわなきゃ」


「あっ、そっか……はい! 私達優秀なんです!」


「……どうです? バカっぽくて可愛くないですか?」


 莉子の頬をむにむにと引っ張りつつ、火恋が凪に向かって微笑みかける。しかしそんな火恋にしても、表情には緊張が見て取れた。凪のような天上人との会話に慣れているわけではなく、莉子の為に無理して平静を装っているのだろう。コロコロと表情を変える莉子と、そのフォローに回る火恋。親友というだけあって、よくバランスのとれた二人だ。


「いいコンビね」


「そうですね、まるで私とお嬢様のようです」


「……そう思うのなら、まずは隠し事をやめることね」


「あ、ちょうちょ」


 そんな莉子と火恋に比べて、随分とバランスの悪い主従コンビであった。

 そうして四人が会話をしている一方で、出るタイミングをすっかり見失ってしまった者もいた。


「……どうしましょうマリカ、今出ていくのは空気が読めてないんでしょうか」


「ステイですリーナ様。もう少し様子を見ましょう。庶民の二人と金持ち令嬢の微笑ましい一幕です。ここで出ていくのは『百合の間に挟まる男』のようなものです」


「そうですか……え、なんですかそれ?」


「私もよくわかりませんが、空気の読めない者のことをそう呼ぶ習慣があるんです」


「そうですか……あ、お腹が鳴りました」


「あとで食堂にいきましょうね」


 茂みの影で機会を窺うリーナとマリカ。

 結局彼女達が合流出来たのは、それから5分後のことであった。



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