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第32話

 シエラとの無駄に疲れるやりとりと、特待生二人との邂逅。

 そんな諸々のイベントをどうにか終え、さっさと帰宅しようとしていた凪であったが――――しかしリーナに捕まってしまう。そのまま食堂へと連行され、午後のおやつタイムに付き合う羽目となっていた。リーナに対する凪の甘さが、ここにきて完全な裏目となっていた。


 そうして特待生の二人を連れ、一行は食堂の窓際で歓談をしていた。

 学園の生徒であれば誰でも利用出来る食堂ではあるが、周りの生徒は金持ちのお嬢様方ばかり。そんな居心地の悪さからか、莉子と火恋の二人はほとんど食堂を利用したことがないという。しかし今は凪やリーナと共にいる為、大手を振って利用できる。庶民の二人からすればなんともラッキーな状況であった。二人はここぞとばかりに、普段は食べられない高級なスイーツに手を出していた。


 「探索者志望ということは、お二人はダンジョン実習にも参加するんですねっ!?」


 リーナがテーブルから身を乗り出し、興味津々といった様子で莉子と火恋に詰め寄る。凡そ貴族の令嬢らしからぬ振る舞いだが、リーナはいつもこんな感じである。そもそも現代に於いては、半ば形骸化したような貴族制度である。彼女の家は確かに貴族家だが、どちらかといえば領主や都市の長といったほうが近いだろう。要するに、多少ははしたなくとも問題ないということだ。


「そっ、そうですね……」


 そんなリーナの勢いに押されたのか、詰め寄られた莉子は若干怯えていた。


「あら、あなた達はもう探索者活動を行っているのではないの? 今更実習なんて必要かしら?」


「確かにそうなんですけど。ただほら、実習だと上位の探索者が護衛に付くじゃないですか? 高レベル探索者の動きを間近で見る機会なんて、そうそうないんで」


 凪の問いかけには火恋が答えた。

 莉子と火恋の二人は、入学時点で既に探索者免許を所持していた。しかしまだまだ新米であり、ギルドなどにも所属していない。先輩探索者の知り合いなどほとんど居らず、現在はほとんど手探り状態であるという。そんな彼女達からすれば、学園の引率と護衛探索者の下で安全に手本を見られる機会というのは、得難いチャンスであった。


「ふぅん……確かにそうね。私も、何度か高位の探索者を見たことはあるけれど……戦っているところは見たことがないわね」


「……? なんでしょう?」


「……なんでもないわ」


 そう思う出すように言いながら、意味ありげに織羽おりはの方へ視線を送る凪。しかし当然ながら、織羽おりははまるで知らんふりである。

 一方で、莉子は凪の言葉が気になっていた。仮に素材の収集を依頼するとしても、協会やギルドを通してのことになる。自身も探索者でないと、高位の探索者との直接的な接点など普通はあるハズがないのだ。まして、凪は世界でも有数の超絶お嬢様である。一般的に泥臭いイメージのある探索者との接点など、とても想像が出来なかった。


「えっ、凪さんは探索者じゃないんですよね?」


Le Calmeル・カルムの視察に行った時、たまたま来ていた探索者に話を聞いたことがあるのよ。使用感とか、要望とかをね」


「えっ……Le Calmeル・カルムって、あのLe Calmeル・カルムですかっ!? 視察って、どどどどういうことなんですかっ!?」


「……私の店なのよ、あそこ」


 リーナの圧に負けていた先ほどまでとは一転し、今度は莉子が興奮した様子で凪に詰め寄る。相手が凪ではなく普通のお嬢様であれば、普通に怒られていたことだろう。勿論莉子とてそのくらいは承知していたが、それを忘れてしまうほどの衝撃だったのだ。『Le Calmeル・カルム』といえば探索者にとって憧れのブランドだ。それを経営しているのが目の前の少女となれば、鼻息が荒くなるのも無理はない。とはいえ九奈白家のネームバリューを考えれば、そこまで不思議なことでもないが。


「私の店……!? ということは、凪さんのお店ってことですか!?」


「ちょっと……近い、近いわ。離れなさい」


「だだだだって! Le Calmeル・カルムといえば駆け出しからベテランまで、全ての探索者が憧れるブランドですよ!? ほ、本当なんですかっ!?」


 ぐいぐいと迫る莉子に、凪が迷惑そうな顔をしている。見かねた織羽おりはが、ここで漸く割って入った。


「本当ですよ。Le Calmeル・カルムはお嬢様の経営するお店です。御覧ください、このロープを」


魔蜘蛛アラクネーロープじゃないですかっ!! Le Calmeル・カルムで先月発売された、メートルあたり100万円もする超高級品ですよ!? 熱や水に強く、斬っても叩いても劣化しない、超万能道具です!!」


 織羽おりはが懐から取り出したのは、きらきらと輝く白銀のロープであった。それを目にした途端、今度は織羽おりはの方へと詰め寄る莉子。なんとも忙しいことである。とはいえそれも無理はない。ロープとして使用するのなら最低でも10メートルは欲しい。つまり最低価格が1000万円ということだ。そんじょそこらの初心者探索者が手を出せるものではないし、稼ぎのいいベテランですらも躊躇する値段である。


 しかし当然待ったがかかる。


「ちょっと織羽おりは、どうして貴女がそれを持っているのかしら?」


「先日の視察の際にパク……いえ、借りてきました」


「欲しいのなら直接言いなさいよ……」


「欲しいです。わぁい」


 以前までの凪であれば、果たして許してくれただろうか。或いは、これ幸いとばかりに館を叩き出されていたのではないだろうか。やはり例の一件依頼、凪は相当なデレ期間に入っている。織羽おりははそう確信しつつ、次は何をパクろうかと企んだりしていた。


「スゴい、ホントに凪さんの店なんだ……」


「いいなぁ……私もいつか、Le Calmeル・カルムの装備を使うのが夢なんですよー」


 そんな貴重なアイテムをポンとメイドにくれてやる凪を見て、呆気にとられる莉子と火恋。そしてここぞとばかりに、便乗して自慢を始めるふわふわ金髪お嬢様。


「ふっふっふ! 私も持っていますよっ!! マリカ、例のものをここに!」


「どうぞ」


 リーナの命令に従い、手にしていた鞄から何かを取り出すマリカ。

 ごとり、という音と共に、テーブルの中央に置かれたもの。それはまるで鏡のように輝く、白銀の短剣であった。


 僅かに曲線を描いた、月光のように美しい刃。うっすらと浮かんだ波紋が、覗き込んでいた莉子と火恋の顔を小さく歪めていた。

 グリップ部が簡素なのは実用性を重視しているせいだろうか。それでいてガード(鍔)の部分には、細かな装飾が施されている。見事の一言に尽きる、そんな短剣だった。


「どうですか! 地竜の爪で作られた短剣ですっ!! これを買ったおかげで、一年分のお小遣いが全部消し飛びましたっ!」


「スゴ……っ!」


「確かにスゴいけど……それよりもアタシは、リーナさんのお小遣いの額にビビってるかな……これ、軽く一億超えてるでしょ?」


「これでもお嬢様ですのでっ!!」


 驚きを超えて、すっかり短剣に見惚れてしまう莉子。それは火恋の言う通り、一億など軽々飛び越える武器だった。リーナが自信満々に取り出したのも頷ける、超高額商品であった。お小遣いの額に驚愕していたのも、さもありなんといったところである。とはいえそれを販売している側の人間からすれば、どう反応していいものか非常に難しいものがある。


「……言えば値引きくらいしたわよ?」


「ええっ!? い、今からでもいいですかっ!?」


「それは駄目よ。計上額が変わるじゃない。スタッフに迷惑はかけられないわ」


「……ぐすん」


 失われた機会にしょんぼりと肩を落とし、短剣をマリカに返すリーナ。そんな高級品を常に持ち歩いているあたり、リーナのお嬢様具合も大概であった。


「はー、凄かったー……いいもの見られて、俄然やる気が湧いてきたなぁ」


「だね」


 いつかは私達も。

 そう思うことで、探索者としてのモチベーションをより一層高めた莉子と火恋。向上心というものは、探索者にとって最も大切な資質のひとつだ。二人の目にそれを見て取った凪は、ほんの少しだけ口角を上げていた。自身のプロデュースする商品がこうして、探索者達の向上心に繋がっているのなら。やり甲斐としてこれ以上のものはないだろう。


「知り合った記念に何かプレゼントしようかと思ったけれど……野暮だったかしら?」


「はい! 自分たちで買えるようになりますから!」


「うん、タダでもらうのはなんか違うよね」


「ふふ、なら頑張りなさい。二人が探索者として成長したら、そのときは改めて仕事を頼もうかしら」


 同級生としてか、それとも経営者としてか。

 意気込む二人を眺める凪の瞳は、珍しく柔らかなものであった。


「お嬢様、私もあれ欲しいです」


「……貴女には当分ナシよ」


「そ、そんなっ!?」

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