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第33話

 ひそかが用意したマンションの一室。

 任務で必要になるかもしれないからと、様々な装備類が集められた部屋だ。見れば替えのメイド服は数十着もクローゼットに並んでおり、下着に靴下、鞄や靴などの消耗品もばっちり用意されている。また武器等に関しても、様々な状況ですぐに対応出来るようにと、やはり大量に運び込まれていた。


 逆を言えば任務上に必要なものしか揃えられておらず、生活する上で必要なものはなにも用意されていない。ベッドはおろか、リビングにはソファやテーブルすらもない。そんなほとんど物置と化している無機質な部屋で、織羽おりはは一人、鼻歌交じりに作業を行っていた。


 「ふんふーん」


 織羽おりははこの日、花緒里かおりに申し出て一日の休暇を貰っていた。以前もひそかとの待ち合わせのため、休暇の申請をしたことがある。その時から既にひと月以上の時間が経過していたせいか、特に咎められることもなくあっさりと休暇は許可された。なんともホワイトな職場である。

 ちなみにこのマンションは迷宮情報調査室の所有であり、一般の入居者は一人もいない。強いて言うなら、二階にある一室が『エターナルヘブン』の書類上での所在地となっているくらいか。もちろん架空の会社なので、実際には誰もいないのだが。


 織羽おりはが何故、わざわざ休暇を取ってまでこの部屋へやって来たのか。その理由は単純に、リーナの短剣が羨ましかったからである。

 織羽おりはの任務はほとんどが地上でのものであり、ここ最近はダンジョンへ潜る機会がほとんど無かった。調査室に所属する前はそれこそ毎日、下手をすれば一日中ダンジョンに潜っていたというのに、だ。だからというわけでもないが、しかし先日リーナに高級短剣を見せびらかされ、久しぶりに自身の装備を手入れしたくなったというわけだ。


 現在織羽おりはが布で磨いているのは、以前にダンジョン内で手に入れた長槍だった。

 恐らく現時点ではこの世に一本しか存在せず、もしも売りに出したとすれば、リーナの短剣など比べ物にもならない程の高値が付くであろう逸品である。よくある『和槍』や『洋槍』とは違い、見た目は完全に『ファンタジーの槍』といった様子で、使いにくそうな気配しかしない。事実、織羽おりはも使用したことは一度もない。


 そもそも織羽おりはは使用する武器にこだわりがないタイプだ。あれば何でも使うし、ともすれば無手の時も多い。無力だった昔ならばいざ知らず、今となっては、それでどうにでも出来てしまうから。もっといえば、別に武器類を集めているわけでもない。彼が大量の武器を所有しているのは、『使うわけじゃないけど折角手に入れた手前、売るのはなんとなく勿体ない』というだけの、ひどくぼんやりとした理由でしかなかった。


「うん、無駄にカッコいい」


 ただ、ダンジョン関係の装備を眺めるのは好きだった。

 探索者になった理由などは様々あるが、なんだかんだといっても所詮は織羽おりはも探索者なのだ。何の魔物素材から作られているのか。何に、どうやって使うのか。自分ならこうする、自分ならそうは使わない。そんなあれこれを想像するのは、単純にワクワクするし楽しい。リーナの短剣を見て思い立ったのも、そんな織羽おりはの冒険心がくすぐられたからだろう。


 それに近々行われるという『ダンジョン実習』の件もある。

 流石の織羽おりはといえど、深層の魔物と素手で戦うのは骨が折れる。もしもの事を考え、何かしらの装備は用意しておきたい。もちろん件の実習では、そんな危険な場所へは行かないハズだが――――相手はあのダンジョンだ。どれだけ安全に配慮していても、魔物の大量発生や転移トラップなどといったイレギュラーは起こり得る。可能性は限りなく低いが、しかしいざその瞬間になってみなければ、何があるかなど分かりはしない。一人で探索者活動をしていた織羽おりはは、ダンジョンの理不尽さを誰よりも理解している。


「んー……とは言うものの、どの程度なら持ち込んでもバレないのかがわかんないなぁ……」


 大前提として、織羽おりはは自身の正体がバレてはならないのだ。

 いま手にしている槍のように、ただ事ではないと一目で分かるような装備など持ち込めるはずもない。もちろんダンジョンという不確定要素の塊に挑む以上、いざとなれば正体が露見してでも任務を遂行するつもりではいるが――――これはそれ以前の問題だ。サイズ的にもメイド服には隠せそうにないし、こんなものを手にして姿を見せれば、集合の時点で即アウトである。


 手にした槍をキュッキュと磨きつつ、織羽おりはがそんな風に思索していたときだった。 


(おや……?)


 玄関の外から、なにやらドタバタと喧しい音が聞こえてきた。誰もいない筈のマンションで、誰も来るはずのない部屋なのに、だ。


(……泥棒? いやいや、まさかねぇ? じゃあ、見回りに来たウチの職員? うーん?)


 織羽おりはは様々な可能性を瞬時に浮かべる。しかし考えに結論を出す間もなく、玄関の扉は勢いよく開かれた。特に焦る様子もなく、フローリングの床に座ったままでそれを眺める織羽おりは。そうして姿を見せたのは――――


「わははははは! やべー、正解の部屋分かんねー! ここかー……? おっ? ちょ、誰か居るっぽくね? ぶははは! 何でだよホラーかよ!」


 派手な金髪に、バカっぽい喋り方。

 浅い褐色の肌を大胆に露出させた衣服は、まさにギャルそのもの。織羽おりはの同僚であり、迷宮情報調査室の情報セキュリティCISO担当。喜多見きたみ星輝姫てぃあらがそこに居た。


「あれ? オリいんじゃん!! てかちょ、めっちゃ武器磨いてて草。何してんだコイツ、危なすぎんだろ! あははははウケる!」


「いや全然ウケないよ」


「オフっぽいのにちゃんと女装してんの草」


「そりゃそうでしょ。じゃなきゃ館を出る時と入る時どうすんのさ」


「たしかに! わかりみ深ぇー!」


 登場するなり、壁をバンバンと叩いて大笑いする星輝姫てぃあら

 一方、女装メイド姿で一心不乱に武器を磨く織羽おりは。なるほど確かに、少々絵面はよろしくなかった。


「で? 星輝姫てぃあらは何しに来たのさ。職場からここまで、結構遠いでしょ」


「そりゃあ休暇に決まってるじゃんね! だってゴリラばっかサボんのズリーじゃん?」


「休暇」


「そそ。いやぁ、前から九奈白には来てみたかったんよねー! あ、あとついでに発信機類の補充的なやつ? 前回何個か壊したっしょ? それよそれ」


 星輝姫てぃあらは思い出したかのようにそう言うと、バッグからおもむろに怪しい精密機器の数々を取り出した。そうして空いた段ボールを見つけ、ざらざらボロボロと、ひどく雑な取り扱いで機材を補充した。この程度の作業であれば本来、彼女本人が来る必要などないハズだが――――そこはそれ、彼女の言葉の通り休暇のついでで頼まれたのだろう。


「いえーい! にんむかんりょー!」


「ああ、うん……」


「よーし! んじゃ遊び行こうぜー! オリどうせ暇なんしょ? 案内してたもれー!」


 たった今来たばかりだというのに、星輝姫てぃあらは少しも休まず、早速出かけるつもりでいるらしい。どうやら彼女も九奈白市を訪れるのは初めてらしく、織羽おりはを案内役として使い倒すつもりのようだ。


「いやぁ……ボクこれでも一応、お嬢様学校に通う超一流お嬢様の一流メイドやってるんだよ? こんなイカれたギャルと街中歩いてたらメイド道の終焉でしょ」


「自分で一流メイドとか言ってんのマジでウケっから! パンツ履くだけで一時間もかかってたのが懐かしいよなー!」


「やめて! 思い出させないで! 無心で履いてるだけで、今もまだ受け入れられてないから!」


「まーまー、いーから行くぞー! とりあえずソファとベッド買いに行こうぜぇ」


「何でだよ! ここに泊まる気じゃん! 帰れよ!」


 渋る織羽おりはの腕を取り、強引に部屋から連れ出す星輝姫てぃあら。有事の際は頼りになるが、平時に彼女ほど面倒くさい相手も居ないだろう。星輝姫てぃあらが九奈白に滞在するというこれからの数日間、あるいは数週間。そんなこれからを想像した織羽おりはは白目になりながら、しかし抵抗虚しく星輝姫てぃあらに連行されていった。


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