「……本気ですか?」
苦虫を噛み潰したかのような渋面を作りつつ、
対するは彼女の上司、ゴリラこと
「駄目か?」
「馬鹿なんですか? 駄目というか、無理でしょう」
そんな二人が今、何事か揉めていた。
室内には他に誰もおらず、その所為か
「そもそもの話、何故急にそのような事を?」
「人手不足だから」
「……本当にそれが理由ですか? でしたら、正規の手順で職員を抽出すればよろしいかと」
「はぁ……そうそう使える奴なんかいるかよ」
隆臣が大きなため息を吐き出し、無駄に偉そうな椅子へと背中を預ける。
その鍛え抜かれた肉体故か、ぎしりと、背もたれが小さく悲鳴を上げた。それを気に留めることもなく、隆臣はおもむろに煙草を取り出し咥える。
「つーかお前も分かってんだろ? こうなった以上、いくらアイツでも一人じゃカバーしきれん」
「現状のままでは
「だろ?」
「ですが!」
普段から冷静な彼女にしては珍しく、大きな声を上げる
手にしていた書類をテーブルに叩きつけ、今にも噛みつかんばかりの勢いで隆臣に迫ってゆく。
「それが何故、
「強いんだろ?」
「そういう問題ではありませんっ! いいですか? 彼女は敵なんです! てーき! 敵ッ!」
隆臣が咥えた煙草を取り上げ、まだ火の点いていないそれをぐりぐりと灰皿に押し付ける。室長であり国内最強とも呼ばれる隆臣とて、今の
「……スカウトだよ、即戦力のスカウト。
「
「報告書を見た限りじゃあ、あんま変わんねぇと思うがなぁ……」
「どこがですか! 全然違うじゃないですか! 共通点なんて精々が『変人』なことくらいです!」
成程確かに。
客観的に見て、
しかし隆臣から見た
まだ写真で顔を確認した程度だが、しかしなんとなく
行動にも疑問点が多いし、それに何よりも――――
(
隆臣が手元に視線を落とせば、そこには
その記載内容を見比べた時、どうしても拭えない違和感があった。
高い戦闘能力を保有、かつ好戦的。
なれど精神に異常性は見られず、会話による意思疎通は可能。
職員の報告書に曰く。
非常に好戦的、かつ異常性大。
ふたつの報告書に共通している部分など、好戦的という部分しかないのだ。
戦闘力に関しては、直接戦った
だが精神性の部分に関しては、全く正反対の内容である。
更に
こんな文章を
普段から飄々としており、大抵のことは涼しい顔で熟してしまう
過去のトラウマに依るものか、年下には滅法弱い――実際には
(……どっちにしろもう自分には関係ない事だ、とか思ってんだろ。ククク……)
まさか自分の補佐役として送り込まれてくるなど、夢にも思ってもいない事だろう。そう考えれば考えるほど、隆臣は
(だがまぁいずれにせよ、先ずは一度会ってからか)
使うにしろ、使わないにしろ、先ずは自身の目で見極めなければ話にならない。
なんだかんだと言っても隆臣はひとつの組織の長なのだ。面白そうだからという理由だけでは、流石の彼も元敵を使うなど出来はしない。そう結論を下し、漸く思考の海から戻ってきた隆臣の前では、未だに
「聞いてるんですか!? この脳筋クソカスゴリラ!」
「……聞いてなかったからってボロクソ言い過ぎじゃね?」
この数日後、迷宮情報調査室には新たなメンバーが加わることになる。
相変わらず一癖も二癖もある者ばかりだが、組織としての戦力は確実に向上した。