白凪学園、校舎裏。
絢爛たる校舎とは打って変わり、高い外壁と校舎に挟まれ、陽は疎らにしか当たらない。
お嬢様方がおくる華やかな学園生活に於いて、全くと言っていいほどに関わりのない場所だ。
そんな
「はい集合、しゅーごー!」
ひどく雑なその態度からも、まだ納得していないという事がありありと伝わってくる。
「もぅ、こんなトコに呼び出して……ナニをするつもりなのかなぁ♡」
陰鬱とした校舎の影、その闇からゆっくりと溶け出すように。
にやにやと粘性の高い笑みを浮かべながら、クロアが姿を現した。
「やかましいです。さて……単刀直入にお聞きします。何故貴女がここに居るんですか?」
「えー? だって、ボクとキミはもうおんなじ存在でしょぉ?」
小さく舌を出し、ぺろりと上唇を舐めてみせるクロア。
蠱惑的とも扇情的とも言える仕草だ。顔立ちが整っていることもあり、見る者によってはドキリとさせられることだろう。しかしクロアの本性を知っている
「何をワケの分からない事を……メンヘラかな?」
「ヒドいなぁ。えーっと、どこにやったかなぁ……ん、あったあった。ほらコレ」
がさごそと制服の内側を漁り、クロアが取り出したもの。
学生証でもなければ、探索者証でもない。それはボタンほどの大きさの、小さな徽章であった。黒銀色の無機質な物ではあるが、上等な素材で作られていることだけはすぐに分かる。公にはされていないが、しかし
「はぁ……何を考えているんですかあのゴリラは……」
「ちょっとぉ、流石に傷つくんだけどー? メイドちゃんの口利きだって聞いてるんだけどなー?」
「違いますー! 私は『ちょっと面白れー女かも』って報告しただけですー!」
「あはっ、じゃあやっぱりそうじゃん! もー、ツンデレってやつかなー? 相思相愛だねっ♡」
「キツぅ」
徽章の複製が不可能だということは、当然
確かに数日前、追加の補助要員を派遣するという連絡はあった。
しかし
成程確かに、落ち着いて考えればすぐに分かることだ。
「はぁ……それで? 貴女はどういった指示を受けているのですか?」
「キミのサポートだってさ!」
「……天久を名乗ったのは?」
「んー? なんか偉そうなオッサンに『生徒として学園に潜入するなら必要だ』って言われてさぁ。ほら、ボク自分の姓知らないじゃん?」
「それこそ知りませんよ……」
とはいえ、今更文句を言ったところでどうにもならない。
既に送り込まれて来ていることもそうだが、そもそもが上の指示なのだ。所詮は実働の一人に過ぎない
一番の問題は、クロアが一体何処まで知っているのかということだ。
探索者としての順位は既にバレている。
探索者協会のデータベースに載っている情報は基本的にみっつ。名前、性別、そして魔物の討伐数といった大まかな実績だ。
探索者としてダンジョンで活躍するには、探索者登録がどうしても必要となる。しかし当然ながら、周囲に知られぬようこっそり活動したい者は大勢居る。そうした者達のプライバシーを守るため、名前に関してのみ、希望すれば秘匿することが出来るようになったのだ。時代の変化に対応したというべきだろうか。全ての情報が強制的に公開されていた昔と比べれば、探索者協会も随分と柔軟になったものである。無論、不正防止等の観点から言えば、どちらも一長一短ではあるのだが。
徽章を持っている以上、クロアは既に身内――誠に遺憾ながら――となっている。
故に、クロア本人に性別がバレるのは問題ない。否、精神的な問題はあるが――――少なくとも任務上は問題ない。
だが
「……貴女はどこまで知って――――」
そうして
「それで!? 今からここでヤるの!?」
「いるので――――は?」
言葉を最後まで紡ぐより先に、クロアが喜色満面といった様子で声を上げた。
そればかりか、いそいそと細身の長剣を取り出す始末である。例の収納袋を携帯しているのだろう。ほんの僅かな間にすっかりと戦闘態勢を整えていた。
「いやー! まさか、キミの方からお誘いが来るなんて思ってなかったよ! それもこんなに早く!」
「いえ、あの」
「ふふふっ! あっ、心配しないで! 怪我はもうバッチリ治ってるからさ!」
弾むようにスカートを翻し、スキップしながら間合いを取ろうとするクロア。初めて出会ったときから何ひとつ変わることなく、どうやら彼女の脳内は戦闘一色であるらしい。
(あっ……やっぱアホだコレ)
仮に性別を知られていようと、いまいとに関わらず。
「はぁ……アホでよかったぁ」
ついそのまま溢れた内心も、興奮しきりのクロアには聞こえていなかったらしい。
「ほらほら! 早くあの箒出しなよ!」
「馬鹿ですか貴女は。やりませんよ」
「……え゛っ」
辛辣な言葉を受けた、ぽかんとした表情で口を開けるクロア。
まるで『嘘でしょ?』とでも言いたげな、そんな視線を
「いいから、その物騒なモノをさっさと仕舞って下さい。ここは優雅で可憐なお嬢様学園です。戦闘なんて以ての外ですよ」
「そんなぁ……あっ……んふふ♡ もしかして焦らしプレイみたいなヤツかな!? いいよいいよっ、楽しみはとっておいてあげる!」
「ダメだコイツ」
この戦闘大好き電波少女は、確か自身のサポートとして送られてきたのではなかったか。
ただでさえ面倒な任務に就いているというのに、これでは面倒要素が更にひとつ追加されただけではないのか。ここには居ない二人の上司――頼りにならないほうと、頼りになるほうの両方だ――の顔を思い浮かべ、
「はぁ……とりあえず、大人しく学園生活でも楽しんでいて下さい。手が必要になったら連絡しますので……」
「はーい! あ、じゃあ連絡先交換しよっ♡ ほら、みてみて。スマホ支給してもらってるんだー! おそろいだねっ」
心底嬉しそうにスマホを取り出すクロア。
それは情報調査室専用の、短距離間であればダンジョン内でも使用可能な
「それは緊急用です! それとは別に、普段使い用のスマホも渡されているでしょう!?」
「えー、こっちダサーい」
「うるせぇなぁコイツ」
「あははははは!」
校舎裏の湿った空気の中、
そうしてやいのやいのと揉めつつも、どうにか連絡先を交換した後のこと。
「あ、そうだ」
「……まだ何かあるんですか?」
やはりどこか陰を感じさせるが、しかしその顔は――――
「これからよろしくね、一位のつよつよメイドちゃん♡」