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第60話

 九奈白市内、海岸沿いにある小さな倉庫の一室。

 妙に身なりの整った男と、探索者装備を全身にまとった男。二人の男がテーブルを囲んで会話をしていた。双方共に、どうみても日本人ではない。また室内では、用心棒らしき屈強な男たちが周囲を固めており、ただならぬ緊張感を醸し出している。その異様な雰囲気から、彼らが健全な集まりでないことは一目瞭然であった。


「首尾はどうだね?」


「順調だ。総会には十分間に合う」


「結構。分かっているとは思うが、失敗は許されんぞ」


 一人の男が煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込む。

 その余裕たっぷりな表情を受け、対面に座るもう一人の男が不満げな声を零す。


「やれやれ……もう少し労ってくれても良いと思うがね。ここまで進めるのにどれだけ苦労したことか」


「無論、感謝しているとも」


「この街の動きにくさは異常だぞ。あっちこっちに治安維持部隊がいるせいで、少し外を歩くだけでも慎重になる」


「くく、キミともあろう者が、随分と臆病じゃあないか」


 失礼とも思える発言だが、しかし探索者装備の男は特に気にした様子もない。

 先の言葉からも分かるように、二人は既知の仲なのだろう。このようなやり取りはいつものこと、といったところか。


「探索者ってのは臆病なくらいで丁度いいんだよ」


「まったくその通りだな。これからも頼むよ」


「ああ。さっきはああ言ったが、正直この国――この街の警備レベルは大した事ない。所詮は表の話だ。目立つ動きさえしなければ、障害などあってないようなものだ」


 確かに男の言う通り、警察にしろ治安維持部隊ガーデンにしろ、彼らは何か事件が起こってからでなければ動けない。社会の裏で暗躍する者達に対して、彼らは脅威たり得ないのだ。故に彼らはここまで、特に何か邪魔をされることもなく、ただ順調に計画を進めることが出来ていた。それこそ、逆に不安を覚えそうになるほどに。


 しかしだからといって油断をするような、そんな浅はかな者達でもなかった。

 なにせ彼らがやろうとしているのは大規模な犯罪行為だ。失敗が許されないのは当然として、実行前に尻尾を掴まれるなど言語道断。どれだけ慎重に行動しても、ということはないのだ。故にこの談合も最新の注意を払って行われている――――筈だった。


「そういえば、少し気になることがある」


「ほう……ではどんな些細なことでも遠慮なく言ってくれ給え。我々の計画には、僅かな綻びも許されんのだからね」


 身なりの良い男は煙草の火を灰皿に押し付け、ぐりぐりともみ消す。

 余裕たっぷりな表情は変わらないが、話を聞くつもりはちゃんとあるらしい。


「実は……」


 探索者装備の男が静かに話を切り出した、その瞬間。

 耳をつんざく破砕音と共に、倉庫の屋根が一瞬で吹き飛んだ。屋根を支える鉄骨がひん曲がり、悲鳴を上げながらへし折れる。


「うおぉぉおぉ!?」


「なっ、何だ!?」


 小さな倉庫とはいえ、仮設の掘っ立て小屋などでは断じてない。作りのしっかりとした元資材置き場だ。その屋根が一瞬で吹き飛ぶなど、少なくとも老朽化が原因ではないだろう。そもそも屋根は崩れたわけではなく、綺麗さっぱり吹き飛んだのだ。間違いなく人為的なものだろう。つまり――――


「襲撃!? どうやって……いや、我々の動きが露見していたというのか!?」


「考えるのは後にしろッ! 今はここを離れ――――」


 その場の全員が混乱に飲み込まれる中、探索者装備の男が声を上げる。

 それを聞いた用心棒達はハッとした様子で、身なりの良い男を漸く庇い、その場から急ぎ連れ出そうとする。もしこの光景をが見ていたら、大きな溜息と共に『護衛失格です』などと、温かい言葉をかけてくれたことだろう。


 用心棒達に支えられ、身なりの良い男が漸く立ち上がる。

 その瞬間、壁の向こうからは無邪気な声が聞こえてきた。


「どーんっ!」


 次いで再び、鼓膜を破らんばかりの爆砕音。凄まじい勢いで飛散する倉庫の外壁。

 コンクリートが大きめの飛礫となり、超高速で室内の全員に襲いかかる。仮に猛スピードのトラックが突っ込んできたとしても、ここまで悲惨なことにはならないだろう。まるで倉庫のすぐ側で爆発が起きたような、それほどの音と衝撃だった。当然ながら、室内に居た彼らには抵抗する術がなかった。


 飛び散る石片、鉄骨、血と肉片。その刹那の合間に、美しく輝く銀色の光。

 あっという間に物言わぬ肉塊と化した彼らは、そのまま海へと落ちていった。唯一、探索者装備の男を除いて。


「はぁッ……はぁッ……くそっ……なんなんだよコレは!? 一体何が起こったんだよォォォ!?」


 襲い来る飛礫を必死に防いだ所為だろうか。

 恐らくのであろう鉄塊を手に、わけがわからぬとばかりに慟哭する。痛みは殆ど無かったが、しかし男の腕には既に感覚がなく、また腰のあたりには酷い熱が感じられた。そんな男の耳に、酷く場違いな声が飛び込んでくる。


「あれぇ? まだ生きてるヤツいるじゃん。よわっちぃくせに生意気だなぁ」


 仮面で顔を隠しているため、その表情は窺い知れない。

 だが声音から察するに、まだ年若い女だろうということは分かる。少女は銀に輝く巨大な槍斧ハルバートを肩に担ぎ、軽やかな足取りで男へ近づいていた。


「お、お前は……一体……」


「んー? 聞いてどうすんの? キミっぽいよ?」


 少女の言葉の意味が、男にはまだ理解出来ない。

 そうしてゆっくりと自身の身体を見下ろし、真っ赤に染まるを見て、そこで漸く理解した。


「ぐ……げほっ!」


「悪いけど、ボクはメイドじゃないんだよねぇ」


「な、に……を……どう、いう……?」


「冥土サービスは無いってコトだよ」


 血糊で濡れた銀刃が月の光を反射して、酷く美しかった。




      * * *




「室長、片付きました」


 そう言うとひそかは通信機器を取り外し、ゆっくりと後ろを振り向く。

 もうかれこれ一週間、ひそかは迷宮情報調査室に入り浸りであった。


「おう、ご苦労さん。な? やっぱアイツ使えるだろ?」


「実力に関してのみ言えば、元より心配しておりません」


「怖ぇなぁ」


 黒鴉くろあをスカウトした件について、ひそかは未だに納得していなかった。

 ひそかもまた元探索者ではあるが、しかし彼女は隆臣と違って戦闘好きではない。面白そうだからとか、強そうだからとか、いざとなったら取り押さえればいいだとか。そんな単純な考えで事を進めるような脳筋ではない。彼女に言わせれば、元敵を部下として使うなど言語道断なのだ。とはいえ、一度決まったことにいつまでも文句を垂れるほど陰湿でもない。故に、こうしてムスっとした顔をするに留めているのだ。前言撤回、まぁまぁ陰湿か。


「んで、やっぱ『総会』絡みか?」


「はい。これで二件目ですね」


「想定通りの状況ではあるが……まるでゴキブリだな」


「文句を言っても仕方ありません。『黒霧ヘイズ』の出方が読めない以上、片っ端から処理するしかないでしょう」


 この忙しさも、全ては来月開催予定の『探協総会』のせいだ。

 総会の重要性を考えれば、国の守護者たる彼らが忙しくなるのは当然のことである。


「ところで室長」


「今度はなんだよ……黒鴉の件ならもう聞かねぇぞ」


「そろそろお風呂に入って下さい。汗臭いので」


「あ、うす」


 まるで娘から『お父さんと洗濯物分けて』と言われたときのような、そんな悲しそうな顔をみせる隆臣。

 そのまますごすごと肩を落とし、シャワー室へと歩いてゆく。どうやら彼らの泊まり込みは、まだ暫く続きそうであった。


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