巨大な人工島である九奈白市は、いくつかのエリアに分かれている。
同市の目玉でもあるダンジョンを中心として、商業区や行政区など、それぞれの役割ごとに施設が固まっているのだ。
そんな九奈白本島より、二箇所に設置された連絡橋を渡ることで、漸く辿り着ける小さな島がある。
島ひとつがまるごとイベント会場となっており、専らダンジョン関連の展示会等で使用されている。また平時から一般に開放されており、市民達からも観光地として親しまれている場所だ。なお正式な島の名前は無く、島内のメインとなる建物からとって『
しかしながら、現在は一般への開放は行われていない。
当然、『探協総会』に向けての準備期間中だからだ。防犯上の理由から総会当日はもちろんのこと、ひと月以上も前から関係者以外立入禁止となっている。連絡橋の時点で封鎖が行われており、許可証がなければ問答無用で弾かれてしまう。なお、泳いで渡ってやろうなどと考える馬鹿は、当たり前のようにしょっぴかれている。海上の警備もばっちりというわけだ。
そんな『KCC』の地下駐車場へと、偉そうな黒塗りの車が停車する。
如何に地下と言えど、今は夏真っ盛りだ。そんなむわりとした熱気の中にあって、しかし降りてきたメイドは、汗のひとつも流してはいなかった。涼しい顔で後部座席へと回り込み、静かに扉を開く。メイドは主人を映す鏡とは、一体誰の言葉だっただろうか。その所作はいっそ、気品すら感じさせるほどであった。
「お嬢様、着きましたよ」
「ええ、ありがとう……流石に少し暑いわね」
「体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」
うんざりとした顔を隠そうともしないのは凪だ。
パタパタと手で顔を扇ぎ、次いで隣の
「そうね……というより、貴女は大丈夫なのかしら? メイド服って結構暑そうに見えるのだけれど」
「私なら大丈夫です。このメイド服は特別製ですので」
「ふぅん……ちなみに、どういう機能がついているのかしら」
「冷暖房と送風機能がついております。あとは軽い防刃、防弾といったところでしょうか」
そう言うと、その場でくるりと回って見せる
すると、どこかひんやりとした空気が凪の頬を撫でる。成程確かに、デザインもそうだが、性能面もまた特別な作りであるらしい。
「従者のほうが快適な服装をしているのって、どうなのかしら?」
「スペアならたくさんありますよ? 着てみます?」
「……考えておくわ」
実は凪は、
この日は来る総会に於ける、軽い打ち合わせの日であった。
総会の開催は三日間に渡り、国内の有名企業によって商品の展示なども行われる。加えて前夜祭的なものまで催され、開催国がどこであろうとも、ほとんど博覧会のような様相を呈するのが常だ。凪もまた、総会そのものに参加するわけではないが、『
そうこうしているうちに、先行して会場入りしていた
ここから先、凪の案内は
「では
「そちらも、しっかりと頼みますよ?」
「お任せを」
手短に言葉を交わしたあと、凪を
「さて、と……それじゃあお仕事といきますか」
* * *
九奈白コンベンションセンターは大きく分けて、四つの建物から成り立っている。
空中庭園を備えた展望台を中心として、北側には会議棟、東には展示棟があり、そして西には劇場棟が存在している。先ほど凪を送ったのは東の展示棟だ。
そして今、
高さは大凡150メートルといったところ。島どころか九奈白本島までもを見渡せる、非常に眺めの良い場所だった。もちろん、
「うーん……ここからだと、島内はほぼ全域が射程圏内ですね……可能かどうかは置いておくとして、もし陣取られたら最高に面倒」
高所を取るのは戦術の基本である。狙撃手でも居ようものなら尚更だ。
もちろん当日の警備は厳重で、島への出入り口は二箇所の連絡橋のみ。こんな戦術上の急所に、いきなり敵が湧いてくることなどありはしないだろうが――――しかし、そんな
「
彼女の力を借りられれば、きっと楽が出来ただろう。無い物ねだりをしても仕方がないのだが、彼女――――
「呼んだ?」
「ッ!?」
背後から掛けられた声に、僅かだが肩を震わせる。
元探索者故に当然だが、
快活で人懐っこい印象を受ける、くりくりとした瞳。恐らく170センチを超えているであろう、女性としては高めの身長。脚はすらりと長く、それを細身のパンツがより一層引き立てている。胸部はどこぞのデカ乳令嬢に負けず劣らずのご立派具合。肩に担いだやたらと
だが前述の通り、現在の彼女は休暇を取っている筈だ。
「……どうしてこんなトコにいるんです? 千里さん」
「ところでキミ、どうして私の名前を知ってるのかな?」
「えっ?」
「んっ?」
当然の様に食い違う会話。