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第67話

 巨大な人工島である九奈白市は、いくつかのエリアに分かれている。

 同市の目玉でもあるダンジョンを中心として、商業区や行政区など、それぞれの役割ごとに施設が固まっているのだ。


 そんな九奈白本島より、二箇所に設置された連絡橋を渡ることで、漸く辿り着ける小さな島がある。

 島ひとつがまるごとイベント会場となっており、専らダンジョン関連の展示会等で使用されている。また平時から一般に開放されており、市民達からも観光地として親しまれている場所だ。なお正式な島の名前は無く、島内のメインとなる建物からとって『九奈白KコンベンションCセンターC』などと呼ばれる事が多い。俗称として『イベント島』などと呼ばれていたりもするが。


 しかしながら、現在は一般への開放は行われていない。

 当然、『探協総会』に向けての準備期間中だからだ。防犯上の理由から総会当日はもちろんのこと、ひと月以上も前から関係者以外立入禁止となっている。連絡橋の時点で封鎖が行われており、許可証がなければ問答無用で弾かれてしまう。なお、泳いで渡ってやろうなどと考える馬鹿は、当たり前のようにしょっぴかれている。海上の警備もばっちりというわけだ。


 そんな『KCC』の地下駐車場へと、偉そうな黒塗りの車が停車する。

 如何に地下と言えど、今は夏真っ盛りだ。そんなむわりとした熱気の中にあって、しかし降りてきたメイドは、汗のひとつも流してはいなかった。涼しい顔で後部座席へと回り込み、静かに扉を開く。メイドは主人を映す鏡とは、一体誰の言葉だっただろうか。その所作はいっそ、気品すら感じさせるほどであった。


「お嬢様、着きましたよ」


「ええ、ありがとう……流石に少し暑いわね」


「体調にはくれぐれもお気をつけ下さい」


 うんざりとした顔を隠そうともしないのは凪だ。

 パタパタと手で顔を扇ぎ、次いで隣の織羽おりはへと視線を送る。


「そうね……というより、貴女は大丈夫なのかしら? メイド服って結構暑そうに見えるのだけれど」


「私なら大丈夫です。このメイド服は特別製ですので」


「ふぅん……ちなみに、どういう機能がついているのかしら」


「冷暖房と送風機能がついております。あとは軽い防刃、防弾といったところでしょうか」


 そう言うと、その場でくるりと回って見せる織羽おりは

 すると、どこかひんやりとした空気が凪の頬を撫でる。成程確かに、デザインもそうだが、性能面もまた特別な作りであるらしい。


「従者のほうが快適な服装をしているのって、どうなのかしら?」


「スペアならたくさんありますよ? 着てみます?」


「……考えておくわ」


 実は凪は、織羽おりはのメイド服のデザインが好きだった。なんだかんだといっても、凪とて年頃の少女である。可愛らしい服を見れば、興味のひとつやふたつ湧くというもの。その上快適ともなれば、一度着てみたいと思ってしまうのも無理ないことだろう。無論、メイド服を着て外を練り歩くのは御免であったが。


 この日は来る総会に於ける、軽い打ち合わせの日であった。

 総会の開催は三日間に渡り、国内の有名企業によって商品の展示なども行われる。加えて前夜祭的なものまで催され、開催国がどこであろうとも、ほとんど博覧会のような様相を呈するのが常だ。凪もまた、総会そのものに参加するわけではないが、『 Le Calmeル・カルムの代表として展示会の方へ顔を出す予定である。要するに、本日はその下見というわけだ。


 そうこうしているうちに、先行して会場入りしていた花緒里かおりが顔を見せる。

 ここから先、凪の案内は花緒里かおりが担当することになっている。何故なら織羽おりはには、この島でやっておかなければならない事があるからだ。


「では花緒里かおりさん、終わり次第連絡をお願いします」


「そちらも、しっかりと頼みますよ?」


「お任せを」


 手短に言葉を交わしたあと、凪を花緒里かおりに預けた織羽おりはは、そのまま会場の外へと歩いてゆく。


「さて、と……それじゃあお仕事といきますか」




       * * *




 九奈白コンベンションセンターは大きく分けて、四つの建物から成り立っている。

 空中庭園を備えた展望台を中心として、北側には会議棟、東には展示棟があり、そして西には劇場棟が存在している。先ほど凪を送ったのは東の展示棟だ。


 そして今、織羽おりはは中央の展望台、その庭園部分に居た。

 高さは大凡150メートルといったところ。島どころか九奈白本島までもを見渡せる、非常に眺めの良い場所だった。もちろん、織羽おりはは別に観光に来たわけではない。こうして高いところに上っているのも、馬鹿や煙だったりという理由ではない。


「うーん……ここからだと、島内はほぼ全域が射程圏内ですね……可能かどうかは置いておくとして、もし陣取られたら最高に面倒」


 高所を取るのは戦術の基本である。狙撃手でも居ようものなら尚更だ。

 もちろん当日の警備は厳重で、島への出入り口は二箇所の連絡橋のみ。こんな戦術上の急所に、いきなり敵が湧いてくることなどありはしないだろうが――――しかし、そんなを想定するのが織羽おりはの仕事である。何かあった時、『大丈夫だと思ってスルーしてました』では済まされないのだ。


千里せんりさんが借りられたら良かったんだけど……こんな最高の狙撃ポイント、あの人なら大喜びするだろうなぁ」


 織羽おりはは、ここ暫く会っていない同僚の狙撃手を思い浮かべる。

 彼女の力を借りられれば、きっと楽が出来ただろう。無い物ねだりをしても仕方がないのだが、彼女――――明星千里あけぼしせんりは現在、溜まった有給を使って旅行へ行っているのだから。緊急呼集の可能性があるため、おそらく国内にはいるのだろうが。眼下に広がる佳景を見てそう考えた、次の瞬間だった。


「呼んだ?」


「ッ!?」


 背後から掛けられた声に、僅かだが肩を震わせる。

 元探索者故に当然だが、織羽おりはは気配に敏感だ。ダンジョン内の何処に潜んでいるか分からない、狡猾な魔物達と戦っていたのだから。そんな織羽おりはですら、接近に気付けなかった。そんなことが出来る者など、国内外を問わずそう居ないだろう。たった今脳裏に描いた人物が、まさか本当に現れるとは。内心ひどく驚きつつも、織羽おりはがゆっくりと振り返る。


 快活で人懐っこい印象を受ける、くりくりとした瞳。恐らく170センチを超えているであろう、女性としては高めの身長。脚はすらりと長く、それを細身のパンツがより一層引き立てている。胸部はどこぞのデカ乳令嬢に負けず劣らずのご立派具合。肩に担いだやたらと、その違和感を除きさえすれば、『スタイル抜群の美人さん』と誰もが評することだろう。織羽おりはにとっては見慣れたその姿は、調査室の同僚であり先輩でもある明星千里その人で間違いなかった。


 だが前述の通り、現在の彼女は休暇を取っている筈だ。

 織羽おりはの知る限りでは、こんなところに居るはずのない人物だ。故に、彼女がここに居る理由を聞こうとする織羽おりはであったが――――。


「……どうしてこんなトコにいるんです? 千里さん」


「ところでキミ、どうして私の名前を知ってるのかな?」


「えっ?」


「んっ?」


 当然の様に食い違う会話。

 織羽おりはは、今の自分がメイド姿だということをすっかり忘れていた。ひそか星輝姫てぃあらによって行われた織羽おりはの変装は、不本意ながらもかなりのレベルである。仮に織羽おりはの知り合いだったとしても、そうと知らなければ誰だか分からないほどに。



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