白凪館の門前に、一台の高級車が停まっていた。
といっても、凪が普段移動に使っている九奈白家所有の車両ではない。リーナが白凪館までの移動に使用している、エルヴァスティ家所有のものだ。運転席にはルーカスの姿があり、
「それじゃあ凪さん、
「お土産、たくさん買ってきます」
後部座席の窓から顔を見せるのは、莉子と火恋の特待生コンビだ。普段の制服姿ではなく、いかにも『これから遊びに行きます』といったカジュアルな装いである。そして当然ながら、車の前にはリーナが立っている。白く爽やかなワンピースに身を包み、麦わら帽までかぶって。隣には日傘をさしたマリカを従え、まさにお手本のようなバカンススタイルであった。リーナはニコニコと笑顔を咲かせながら、呆れ顔の凪を見つめていた。
「……どうしてわざわざウチに寄ったのかしら?」
「羨ましいかな、と思いましてっ! こうすれば、次は一緒に来てくれるかなと思いましてっ!」
そう。彼女たちは本日より、九奈白家所有の別荘にてバカンスの予定であった。それも七泊八日という、あまりにも偉そうな日程で。
行き先が九奈白の別荘ということからも分かるように、宿泊先を提供したのはもちろん凪である。初めての日本、そして訪れた夏休み。折角だから皆でどこかへ遊びに行きたいと、リーナが言い出したのは一週間ほど前のこと。そうして凪が提案したのが、今回の旅行であった。
当然ながら、凪も一緒に行こうと誘われた。というより提案したのは凪なのだから、当然一緒に行くものだとリーナは思っていた。しかし凪は『
「要するに、私を煽りに来たワケね。いい根性してるわ……」
「大事なお仕事なのは分かりますけど、やっぱり凪さんとも遊びたいんですっ! だから次は絶対に行きましょうね! 総会が終わっても、まだ夏休みは続きますからっ!」
「はいはい。考えておいてあげるから」
「絶対ですよ! 言質取りましたからねっ!」
そう言ってリーナは嬉しそうに笑い、次いで後ろで控えていた
「
「は……いえ、その……」
他家のお嬢様とはいえ――既に親しい間柄ではあるものの――、一介のメイドに口答えが許される相手ではない。
しかし
如何に高性能なスライムパッドを装備しているとはいえ、さすがに水着はマズい。仮に常時メイド服で乗り切ったとして、しかし水場というだけで至るところにリスクは潜んでいるのだ。更に凪やルーカスには、
そんな
「ああもう……ほら、さっさと行きなさい」
「むぅっ! 仕方ありませんね……それじゃあ行ってきます! お土産話を楽しみにしていて下さいねっ!」
まるで厄介払いでもするかのように、宙を手で払いのける凪。それを受けたリーナが、マリカを伴って車へと乗り込んでゆく。
既に車は動き出しているというのに、窓から顔を出し、やいのやいのと喚いているリーナ。あの様子を見るに、どうやら次の旅行からは逃げられそうもなかった。
「前から思っていましたが、愉快な方ですよね。いいトコのお嬢様とは思えません」
「あれでも地元では大層な人気者だそうよ?」
「さもありなんですね。容姿も良いですし」
リーナは、凪とは逆のタイプの美少女だ。
垂れ気味で優しい印象を受ける大きな眼。柔らかに輝く金色の髪。全体的にほんわかとした少女でありながら運動神経が良く、思いの外機敏に動く。先の襲撃事件の際も、見事な逃げ足であった。加えて性格は外交的で、誰とでもすぐに仲良くなれる。孤高を地で行く凪と友人関係を築けているのが良い証拠だ。スタイルは普通だが、その人懐こい笑顔は確かに魅力的だ。祖国では人気があるというのも、頷ける話であった。
よく見なければ分からない程度にだが、凪の頬がむすりと膨らんでいる気がする。心做しか、口も少し尖っているような。
「ふぅん……」
「……如何がなさいましたか、お嬢様?」
「別に」
凪はそう言うと、さっさと館内へ向かって歩き出してしまう。どう見ても機嫌が下降していた。
何かマズいことでも言っただろうかと考えつつ、
「そういえばお嬢様」
「何よ」
「今朝ケーキを焼いたんですけど、いい出来なんです。後で部屋までお持ちしますね」
「……頂くわ」
特に何かの考えがあって発した言葉ではなかったが、しかしその