目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第71話

 装備置き場改め、クロアの部屋となったセーフハウスにて。

 織羽おりはとクロアはソファに腰掛け、画面の向こうに映るむさ苦しいオッサンの顔を眺めていた。カメラに寄りすぎているのか、画面の九割方が隆臣の顔面で埋まっていた。これがひそか星輝姫てぃあら千里せんりのような美女の顔であったなら、まだ耐えられもしよう。だが悲しいかな、隆臣のアップはただ不愉快でしかなかった。


「おう、揃ってんな。んじゃあ時間もあんまりねぇし、さっさとブリーフィング始めんぞ」


「その前に室長、近いです」


「嬉しいだろ?」


「オエェェェ」


 織羽おりはがわざとらしく白目を剥く。

 現在は深夜であり、織羽おりはは屋敷をこっそりと抜け出してこのブリーフィングに参加している。つまりメイド業務時間外なのだが、何故か今もメイド姿であった。かれこれ数ヶ月の間、毎日着用していた影響だろうか。織羽おりは自身も気づいてはいないが、もはやメイド服これでなければ落ち着かない身体になりつつあった。ついでにクロアが隣にいるため、口調もメイド時のもので通している。


 「時間ねぇっつってんだろ。無視すっからな」


 隆臣がそう言った直後、画面上には大きな地図が共有された。

 開催が3日後に迫った『探協総会』、その会場となる九奈白コンベンションセンターの全体地図だった。


「まず今回の作戦目標だが……まぁ、簡単に言えばテロの阻止だな」


 その一言には、流石の織羽おりはも真顔に戻る。

 織羽おりはとて、そのくらいの線引はちゃんとしているのだ。


「敵はこれまでに二度、便での襲撃に失敗している。そして開催は3日後。九奈白家の娘を攫って交渉を優位に進めるって方針は、ここまで来るともう使えないわけだ。じゃあ次はどう出るんだっつったら――――」


「それで、総会そのものを中止に追い込むと? いくらなんでも短絡的過ぎませんか? 今回中止にしたって、延期になって別日に開催されるだけでしょう。根本的な解決にはならないと思いますが」


 隆臣の話を引き継ぐように、途中で割って入る織羽おりは

 上司の話に割って入っても怒られない、随分とアットホームな職場であった。


「あっちからすりゃあ、それでいいんだろ。つまり時間が稼げればいいんだよ。その間にまた別の手段を使う。あるいは仕込む。それが狙いだろう」


「ほーん」


 当初、敵の目的は凪の誘拐であった。

 娘の身柄を押さえることによって九奈白を脅し、総会で有利な条件を引き出すつもりだったのだろう。しかしそれらの作戦は、織羽おりはの手によって悉くを阻まれた。加えてクロアの寝返りにより、用意していた策や拠点も事前に潰されている。事此処に至り、敵には取れる手段がもう殆ど残されていないのだ。となれば、あとはもうふたつひとつ。一切の手出しを諦めるか、テーブルごと全てをひっくり返すかだ。そして後者の手段こそが、現在危惧されている総会そのものの中止であった。


 逆に言えば、世界的に有名な犯罪組織を相手にして、迷宮情報調査室はそこまで敵を追い込んでいるという事でもある。これだけ追い込んでおきながら最後の最後でひっくり返されるなどと、そんなことが許容出来るはずもない。


「正直なところ、状況はかなり厳しい。お偉いさん方の誰かが怪我するだけでも中止になりかねん。そうなれば次回開催までの間、また襲撃やら誘拐に備えにゃならん。イタチごっこの始まりだな。おめでとう織羽おりはくん、無事に卒業出来そうだぞ?」


「断固阻止しましょう」


 ぐっと拳を握りしめ、意気込みを口にする織羽おりは

 卒業まで護衛が続くと言われた時、不思議とそこまで嫌な気分ではなかったが。


「まぁそうは言っても、今回はお前関係ないんだけどな。開催期間中の任務は引き続き九奈白凪の護衛。『黒霧ヘイズ』には俺と千里せんり、クロアで対処する」


「おや? そうなんですか?」


「そりゃそうだろ。折角相手をここまで追い込んでんのに、九奈白凪を逆転の一手になり得る。九奈白嵐士と九奈白凪の二人は、継続して最重要警護対象だ。そんなこともわかんねーのかバーカアーホ」


「……」


 ならこんなトコに呼ぶなよと言いかける織羽おりはであったが、しかし情報共有自体は有り難いので、腹を立てつつも黙るしかなかった。次にあった時は泣くまでボコボコにすると、そう心に誓いつつ。


「では、ここからは私が説明します。総会期間中は室長も現場入りするため、全体指揮は私が執ります」


 そうして隆臣からの概要説明が終わったところで、進行役がひそかへと引き継がれる。


「まずは配置について。展望塔、庭園内には千里せんりを配置します。当日は当該地区が立ち入り禁止となりますが……セキュリティは星輝姫てぃあらが無力化しますので、適当に忍び込んで下さい。ただし、指示があるまで発砲は許可出来ません。報告を密にお願いします」


「はーい」


「次にクロアですが――――」


 画面に表示された地図上をポインターで示しながら、テキパキとブリーフィングを進めてゆくひそか。誰がどう見たって、最初からひそかに任せるべきであっただろう。役目を終えたゴリラはといえば、ワイプの中で偉そうにふんぞり返っていた。




      * * *




「次、予想される敵戦力についてです」


 配置の説明が終わり、議題は次に移る。

 というよりも、むしろこれこそが本日のメインであった。


「我々が持っていた情報と、クロアからの情報。それらを総合して出した予測ですので、それなりに確度は高いと思われます」


 地図表示から、何者かの指名手配画像へと画面が切り替わる。先日織羽おりはが渡された、例の要注意リストに載っていたものと同じ資料である。ちなみに織羽おりははまだ資料の確認を行っていない。理由は特になく、単に忘れていただけである。勿論、素直に『まだ見ていません』などとは言わないが。


「最も注意するべき相手が彼女――――通称『ナイン』と呼ばれる女です」


 画面に映っていたのは、カメラに向かって妖艶な笑みを向ける美女。どんよりと濁り歪んだ瞳は、どす黒い紅を湛えていた。赤眼というのは本来、色素欠乏症アルビノの者が極稀に持つのみである。しかし写真に映る女は、とてもアルビノには見えなかった。一枚の写真から伝わってくる、得も言われぬ不快感。少なくとも善性の者ではないという事は確かであった。果たして、この写真は一体どう撮影したのだろうか。撮影者は今もまだどこかで生きているのだろうか。


「これはまだ確認中の情報ですが……つい先日、自国の総会参加者を護衛していた『四位』が殺害されました。その下手人と目されているのが、この女です。なんらかの技能スキルを所持しているのは確かですが、詳細は不明。クロアも直接会ったことはない為、詳しくは知らないと」


「まぁ、直接会ったことあるヤツなんて殆ど居ないんだけどぉ……性格は悪いって聞いてるよぉ?」


 よくよく見れば、その他の情報欄も空欄であった。無論、『ナイン』というのも本名であるはずがない。つまりこの『ナイン』に関して分かっていることは、顔と通称だけということになる。小粒な相手を狩るのには役に立ったクロアの情報も、相手がこれほどともなれば無いも同然であった。『全然わかんない』とでも言いたげに、肩を竦めて見せるクロア。一方その隣では、織羽おりはが何やら怪訝そうな顔をしていた。


「ん……?」


織羽おりは? どうかしましたか?」


「んー…………ああーっ! 思い出した!」


 瞬間、織羽おりはがソファから立ち上がる。


「この人、前に会ったことあります! 絶対そんな気が、そこはかとなくします!」


 思い出したのか、思い出していないのか。

 一体どっちなんだと言いたくなるような、そんな織羽おりはの発言。それを受けたひそかは、とりあえずでこう告げた。


織羽おりは……資料、やっぱりまだ読んでなかったんですね?」


「あっ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?