「わお」
スコープ越しの光景を目に、
九奈白本島とKCCを繋ぐふたつの橋。その東側連絡橋の出入り口付近で戦闘が発生していた。探索者界隈でいうところの大型に属する魔物が一体、
「だとすればもう片方も……」
そうして再びスコープを除けば、やはり西側でも戦闘が発生していた。
地上に居るはずのない狼型
「……なるほど、あれが例の『
先に行われた迷宮情報調査室内でのブリーフィング。その中で挙げられた要警戒対象は、
ダンジョンから発見されるモノの中に、『収納袋』などと呼ばれるものがある。国や地域によって呼び名は変わるが、性能はどれも基本的に同じ。見た目はただの小さな袋だが、見た目以上に大量のモノを仕舞っておくことが出来る、といった道具だ。いつぞやクロアが使っていたのも、これと同様の物である。簡単に言えば、昨今のファンタジーではお馴染みの
しかし『収納袋』の基本的なルールとして、『生きたモノは入れられない』というものがある。故に専らダンジョン内で得た資源や魔物素材、或いは食料、武具などを持ち運びするのに用いられている。またどういうわけか、死体であっても人間は入れられないなどといった細かいルールも多々存在している。要するに、なんでもかんでも持ち運びが出来る訳では無い、ということだ。だがそうした一部のルールを、『
そして今回、敵は魔物を持ち込んだというわけだ。
なるほど確かに、テロや撹乱行為にはうってつけの
「よく耐えてるけど……そう長くは保たない、かな?」
流石は対探索者犯罪用の組織というべきか。
現役の探索者や元探の隊員が多いということもあり、魔物との戦闘経験も豊富なのだろう。突如現れた魔物を相手に、
「司令部? 映像見えてるよね? 撃っちゃっていいかな?」
見かねた
「許可します。
「了解」
そう短く告げ、同時に
空中庭園入口の屋根上で、雨に濡れることも厭わずに。そうして
対探索者専用超長距離狙撃銃『
迷宮情報調査室諜報一課所属、明星千里にのみ運用を許された、世界でたったひとつの専用武器だ。
外見上は、一般的なボルトアクション式ライフルとそう変わらない。しかし使用されている素材をはじめ、実際の仕様は完全に千里専用の銃となっていた。対探索者専用と銘打たれているのは便宜上、通常の銃器が通用しづらい高位の探索者を殺傷するための武器であるからだ。実際にはダンジョン内の魔物であったり、対物ライフルとして使用されることもある。
最も特徴的なのはその長い銃身と、専用のバイポッド部分だろう。バイポッドとは銃に取り付ける二脚の支持装置のことであり、重量の負担を減らす他、射撃の安定性を高める為に使用されるものである。しかし『小夜啼』のソレには、通常とは異なる用途があった。
千里が射撃体勢のまま、バイポッド部分を軽く叩く。すると二脚の下部から金属製の杭が飛び出し、それにより銃と地面を完全に固定する形となった。多少は上下左右へと銃身を動かせるものの、狙いをつけると言うには心もとない可動域である。
無論、通常のバイポッドにそのような役割はない。むしろ地面と完全に固定してしまうなど、『狙いを定めるための補助』というバイポッド本来の役割を喪失することになる。しかしそうでもしなければ、『小夜啼』はそのあまりの反動故に射撃と同時に吹っ飛んでしまうのだ。探索者の優れた身体能力を以てしても、だ。ある意味、運用するための苦肉の策と言えるだろう。
つまりこの『小夜啼』という銃は、
そうして失った精密性は、
射撃と同時に吹っ飛びさえしなければ、ただ真っすぐに弾が飛びさえすれば、
「距離は2096メートル――――どんなに天気が悪くても、この距離なら目を閉じても外さない、かな」
斯くしてトリガーは優しく引かれる。
およそ射撃音とは思えないような、高く澄んだ歌声。
刹那、遥か数千メートル先で狼型魔物の首が消し飛んだ。
「うん、今日も素直でいい子だね」
まるで子供でもあやすかのように、優しく銃を撫でる
そうして恍惚とした表情を浮かべつつ、再び次の標的へと狙いを定める。
「雨も酷くなってきたし……さっさと終わらせちゃおうか」
一見まともなお姉さんに見えて、所詮は迷宮情報調査室の一員ということだろうか。やはり彼女も、それなりに変人であった。