司令部からの命令を受け、応援として一個小隊が西連絡橋へと向かっていた。
未だ現地の部隊とは通信が繋がらず、状況は判然としない。雨と風は強くなる一方で、ほとんど嵐のような天候へと変わっている。しかし味方が危機的状況に陥っているとなれば、一秒でも早く駆けつけなければならない。応援部隊の隊長である
(まさか本当にテロだなんて……それに、地上に魔物だって? 一体いつの間に、どうやって? くそッ、分からないことが多すぎる!)
確かに、ダンジョンから魔物が出てきたという事例は皆無ではない。国内ではまだ報告がなかった筈だが、海外にまで範囲を広げればちらほらと耳にする話だ。しかしそんな筈がない。海外の例は未発見であったり、未管理のダンジョンで起きた例に過ぎないのだ。九奈白市のダンジョンは本島にあり、その周囲は常に警戒されている。誰の目にも見つからず、橋を渡って魔物がやってきた――――そんなことはあり得ないのだ。
加えて明らかな通信妨害、司令部から届いた情報足らずの応援命令。そして先程から上空で響く、まるで歌声のような
困惑しつつも島内を駆け抜け、現場までの折り返し地点に差し掛かった頃。
背後から彼を呼び止める声が聞こえた。すっかり聞き慣れた
「あーもう、やっと追いついたッ! ちょっと先輩、待って下さいって! 一人じゃ危ないですよ!」
「それは……すまない。でも既に僕らは後手なんだ。時間をかければかけるほど、取り返しのつかないことになる。仲良く全員で行進というわけにはいかない」
「焦りすぎです! 現場の状況もわかんないのに突っ込んで……もし既に味方が全滅してたら、今度は先輩が孤立しちゃうんすよ?」
「それならそれで、どうにかしてみせるよ」
そういう問題ではない、という言葉が喉元まで出かけた
「っていうか、さっきから聞こえる
「それについては僕が聞きたいくらいだ!」
走りながら、右手で頭上を指差す
「とにかく分からない事が多すぎる。考えても分からない以上、今は急いで橋に向かうことだけを考えよう」
「むー……了解です」
* * *
雨で次々に流されてゆくというのに、それでもなお残る鉄の濃い匂い。それが戦いの激しさを物語っていた。
「くッ……本当に、ホントに魔物じゃないですか!? なんでこんなところに……ッ!」
本来あり得ない筈の光景に、
「考えるのは後だ! 今は彼らの援護を――――ちいっ、マズい!」
現地部隊の隊長であろう男の背後から、一体の狼型魔物が躍りかかる。如何に
魔物の牙や爪は、そこら市販されている刃物より余程危険だ。もしもまともに受けようものなら、対人を想定した
美しい
「ッ!? また……っ! 一体何の――――」
「えっ……はぁ!?」
否、それだけではない。先程まで魔物が立っていたその地面が、
「え、ちょっ……ピヨちゃん先輩! 今の何ですか!?」
「雷……いや、まさか……『狙撃』なのか?」
零すようにそう呟きつつ、しかし一方では『そんな馬鹿な』と思わずにはいられなかった。
通常、魔物に対しては銃器の効き目が薄いとされている。外骨格や皮膚が極めて頑強であり、銃弾が急所に届きにくいからだ。例えば熊や猪などの野生動物を撃つ際、『アバラ三枚』などと言われることがある。頭部が硬い頭蓋骨で守られている為、心臓や肺付近を狙えという意味だ。仮に外れても致命傷となり、仕留められる可能性が高い。しかし魔物は、その心臓付近すらも守られている場合が多い。加えて動きも段違いに早く、ただ当てることすら難しい。故に魔物を銃で倒す場合には、とにかく威力の高い銃と、そして正確な射撃が求められるとされている。
もちろん
しかし今、地面に転がった魔物の死骸をみてみれば、ものの見事に上半身が吹き飛んでいるではないか。少なくとも、銃弾によって
死骸の数は大凡十五体といったところだろうか。魔物の格としてはそれほど高くないが、しかし熟練の探索者パーティであっても、一度に戦うとなれば危険な数だ。そしてよくよく見てみれば、辺りで血を撒き散らしている死骸のほぼ全てが、同じ様な状態となっていた。ここにきて、
「……な、なんとかなった……のか?」
防衛部隊の隊長は息を切らしながら、油断なく剣を構えて周囲を警戒する。戦いに必死だったのだろう。そこで漸く、
「ああ、日和見隊長! もしや応援に来て下さったのですか?」
「はい……といっても、結局何もしていませんが。それよりも、この状況は一体何なのですか?」
「分かりません……急に魔物が現れて、マズいと思った瞬間に突然魔物が吹き飛んで……正直なところ、我々にも何が何やら……」
そう言って首を振る部隊長。
それはそうだろう。外から見ていた
とはいえ防衛部隊の面々は、とても無傷とは言い難い。今すぐにどうなるというわけでもないが、放置してよい怪我ではなかった。
「とにかく、先ずは隊員の治療を行いましょう。すぐに我々の部隊も追いつきます」
「じゃあ私は、比較的軽傷の者を集めて再編成の段取りをしますね」
そうして怪我人の治療を行いながら、
(今、この島で一体何が起こっているんだ……?)
先程まで聞こえていた甲高い音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。