嵐の中、スーツ姿の
もちろんそこらの一般人よりは余程早い。探索者としても早い部類ではある。
「司令部より『ゴリラ』へ。もっと急いで下さい」
「わぁーってるよ、俺は長距離走苦手なの! 鈍足パワータイプっつーか、持久力より瞬発力が持ち味の男なんだよ!」
「ああ、力士タイプですね」
「いやまぁそうだけど、何か棘ある言い方だなオイ!」
戦闘で必要なのがどちらかといえば、もちろん瞬発力のほうだろう。場所がダンジョン内ならば特にそうだ。何日も戦い続けるわけではないのだから、前衛だろうと後衛だろうと、瞬間的に素早く動ける者こそが有利だ。故に探索者は皆、基本的には瞬発力を鍛える。鈍足パワータイプを自称するだけあって、元探の隆臣もその例に漏れなかった。それでも物足りなさを感じるのは、やはり比較対象が悪いからであろうか。
「
「うっせぇ! あんなバケモンと一緒にすんな! こちとら四十超えたオッサンなんだぞ!」
「とにかく急いで下さい。敵は
隆臣が向かっているのは東連絡橋、つまりは大型魔物が現れた場所だ。
探索者界隈では魔物を危険度で分類している他、その大きさによっても区分が成されている。
『カテゴリーA』は小型を指す。
西連絡橋に現れた狼などがこれに該当し、単体での脅威度はそれほどでもない場合が多い。しかし群れを形成していることがほとんどで、場合によっては中型よりも危険な存在になりかねない。つまりは熟練の探索者であっても、決して油断の出来ない相手だ。
『カテゴリーB』は中型を指す。
読んで字の如く、人間と同程度か少し大きい程度の魔物をそう呼ぶ。単体の脅威度が小型よりも上がり、基本的には五体以下でしか遭遇することはない。
そして『カテゴリーC』は大型の魔物を指して呼称する。基本的には単独で姿を見せ、大きさは大型トラック程度にまで膨れ上がる。その個体脅威度は小型や中型のそれとは比較にもならない、階層主などといった所謂『ボスモンスター』がこれに該当する。今回東連絡橋に出現したのはコレであり、中でも
故に
迷宮情報調査室は念入りな下見により、敵の出現予想地点と
なお、九奈白嵐士の護衛については問題ない。何故なら彼はこの日、偽の参加情報だけを流して会場入りしていないからだ。朝から雨が降っていた時点で襲撃を予見した隆臣が、嵐士の会場入りを差し止めた。今頃は自宅か市庁舎で、大量のボディーガードに囲まれながら仕事をしていることだろう。
「
「その林を抜けた先です。もうじき現場を目視出来るかと」
細かな木々をへし折りながら、雑木林の中を隆臣が駆ける。
その程度で怪我をすることなどありはしないが、濡れた葉や草が強風に舞い、度々隆臣の頬を打つ。
「くそッたれ! クロアとポジション変わっとけば良かった!」
「つべこべ言わずに走って下さい。ほら、そろそろ抜けますよ」
通信越しに煽られるまま、小さな植え込みを飛び越え、林の中から隆臣が飛び出す。
「っと……あんま冗談言ってられる状況じゃねェなこりゃ」
隆臣がネクタイを軽く緩め、首を軽く鳴らし、
「なっ……いつの間に!? 待て、今ここは立ち入り禁止――――って、アンタもしかして……あの天久隆臣か!? いや、天久さんですか!?」
「おう、ご苦労さん」
迷宮情報調査室の職員は、基本的に正体を隠して行動することが多い。そもそも組織の存在自体を知っているものが少ないし、任務の性質上表立って動くわけにはいかないからだ。先程隆臣が言っていたように、もし本当にここへ来たのがクロアであったなら、要らぬ問答が発生した可能性は高いだろう。しかし迷宮情報調査室の職員の中で唯一、隆臣だけは広く顔を知られている。もちろん『迷宮情報調査室長』という本当の肩書を知る者など居ないが、『国内最高位の探索者』『六位』という肩書ならば誰もが知っている。或いはそうした諸々も含めて、
「退いてろ。俺がやる」
隆臣の登場に、
国内最上位クラスのパーティが複数、或いは『
「ホラ、来いよデカ猫」
人語を解しているわけでもあるまいに、しかし
現に隆臣の背後にいた
隆臣はゆっくりと、まるで弓弦ように右腕を引き絞る。
彼が何をしようとしているのかなど一目瞭然だった。これは『今から殴りますよ』という合図、つまりはテレフォンパンチである。ボクシングなどの対人戦に於いて、それは悪いパンチの見本とも言われている。しかし魔物が相手となれば話は違う。スペック面では明らかに魔物側が上であり、それを分かっているのか、魔物は基本的にフェイントなどを使用しない。つまり対魔物戦に限って言えば、力を込めやすいテレフォンパンチは最善手たり得るのだ。無論全ての魔物に通用する手だとは一概に言えないが、少なくとも
身体能力は人間が下で、魔物が上。いくら大振りの方が力を込めやすいといっても、所詮は格下の攻撃に過ぎない。故に一撃食らったところで仔細なし。恐らく魔物側はそう考えているだろう。それも間違ってはいない。そこらの探索者が
「ぬオラァァァァッッ!」
敵を食いちぎらんとする鋭牙と、ごくごく普通の大振りパンチ。
ふたつが交錯し、広場内へと凄まじい衝撃を伝える。後ろで見ていた
「痛ってぇ……チッ、ちょっと血ィ出たじゃねぇか」
悪態を吐きながら拳をハンカチで拭う隆臣と、肉片となって宙を舞う
一撃、ただの一撃だ。見る者全ての言葉を奪うには、それは十分過ぎるほどの威力を持っていた。