肩の荷が下りたといわんばかりに、隆臣は大きな息を吐きつつ木に背中を預ける。
「残りの敵は、あの女だけですか?」
「おう……つーかお前、何で来たんだよ。しかも護衛対象まで連れてきやがって」
隆臣が『
しかし『既に向かっている』と言われれば、否やはない。
実際隆臣では分が悪かったこともあり、故に
そうしていざ現れてみれば、まさかの女連れである。これには流石の隆臣も驚いた。まず、護衛対象を危険な場所へと連れて来る事自体があり得ない。そんなことは
「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないですか。とりあえず追撃してきます」
「あ、オイ――――行っちまった」
言うが早いか、ロクに説明もせぬまま林の奥へと消えてゆく
その背中を見送りつつ、隆臣はもう一人の方へと視線を送る。流石は父娘と言うべきだろうか。腕を組んだまま毅然と立つその姿は、彼がよく知る『友人』によく似ていた。隆臣がそんな風に考えていた時、悪役令嬢こと九奈白凪が口を開いた。
「私が頼んだんです。この街を護るために力を貸してほしい、と」
それは、先ほど隆臣が投げかけた問いへの答えであった。
この時点で隆臣は大凡の状況を理解する。
「あー……なんつーか、もう全部知っちまったって感じ?」
「ええ、概ねは。まさかあなたのような大物が関わっているとは、流石に思っていませんでしたが」
紙袋に空いたふたつの穴から、じろりと睨むような視線が隆臣へと向けられていた。
『六位』という立場上、隆臣は迷宮情報調査室メンバーの中でも顔が知られている――というより、隆臣以外のメンバーは露出が皆無である――方だ。探索者と密接な関係にある九奈白家の娘、かつ『
「そうか……んで?」
「あの子が『お嬢様の側を離れるわけにはいきません』の一点張りだったので、『なら私も連れていきなさい』と」
「行動力っつーか……根性ありすぎだろ。危ねえってのは
「私にはあの子の力が必要でした。私の存在があの子の枷になっているというのなら、それを解き放つのも私の役目。私の都合であの子を頼るというのに、自分だけが隠れていることなど出来ないわ。それに――――」
そっと瞳を閉じる凪。
まるで真意を図るように、ふたつの穴をじっと見つめる隆臣。
「それに?」
「……傷ひとつ付けさせませんと、そう言ってくれたので」
恐らくは恥ずかしがっているのだろう。紙袋の中身は真っ赤になっているに違いない。
凪の口から溢れた言葉は、風の音にかき消されてしまいそうなほど、酷く小さなものだった。
「ほーん、あいつがそんなことをねぇ……やっぱ、今回の依頼は受けて正解だったなぁ」
そう呟いた隆臣の言葉の意味が、凪には分からなかった。
感心するように、どこか感慨深そうに虚空を見つめる隆臣。厳つい顔に似合わぬ優しい眼差しは、まるで子を見守る親のようで。
しかし、隆臣がそんな表情を見せたのは一瞬のこと。
すぐに悪戯っぽい顔へと代わり、意地の悪い笑みを浮かべながら凪を茶化しにかかる。
「しかし……ククッ!
「――ッッ! こ、これはっ! 会場が少しずつ騒ぎになり始めていて、それで抜け出すために変装を……ッ!」
指摘を受けた直後、凪が紙袋を脱いで投げ捨てる。
露わになったその顔は、やはり羞恥で赤く染まっていた。
「だはははは! 揶揄ったときの反応は親父にそっくりだな!」
「っ……やはり、父とは知り合いでしたか」
「まーな。愛しの
「この――――ッ! 結構よッ!」
「だはははは!」
* * *
木々をかき分けながら、林の中を
先の一撃が大したダメージになっていないことは、
(さっきの感覚……目には見えない何かで防がれた。よく分からなかったけど、反発するような不思議な感覚だった)
何かしらの
それでも、直撃はしていないという確信があった。
敵の能力くらいは聞いてから来るべきだったと、今更ながらに
「司令部より『
「情報提供に感謝しま――――ッ!?」
そう手短に礼を告げようとした
次の瞬間、
「あらぁ、勘がいい子ねぇ」
あれほど強烈に蹴り飛ばしたというのに、やはりその身体には目立った傷がほとんどない。強いて言うなら頬から僅かに血を流しているくらいだが、
「……あらぁ? アナタ、何処かで会った気がするわねぇ?」
「私は覚えていますよ。貴女のような痴女、一度見れば忘れません」
淡々と、当たり前のように大嘘を吐く
実際はブリーフィング時に指摘され、そこで漸く思い出したのだが。
「うぅん……駄目ね、思い出せないわぁ」
「必要ないでしょう。これから仲良くランチ、というわけでもありませんし」
「うふふ。そうねぇ……今の身のこなしといい、さっきの蹴りといい……『六位』よりは楽しめそうかしらぁ? それになんだか、不思議な言葉を聞いた気がするのよねぇ。確か――――『一位』がどうとか、ってぇ」
にたり、と
どこか粘性のある、全身に纏わりつくような表情だった。
『一位』
それは誰もが知っていて、誰もが知らない存在。表の世界でも、そして裏の世界でも。
話題に挙がることは多々あれど、しかし名前も顔も、その実力さえもが闇の中。それはまるで、何か大きな意思によって世界から隠されているかのよう。
だが『六位』は言った。
ここから先は一位が相手だ、と。
無論、ただの時間稼ぎに放った言葉だったのかもしれない。
しかし
そんな
「私はごく普通の――――ただのお嬢様専属メイドですよ」