この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
「これより、狭魔の討伐が行われます! 危険ですので、皆さんは避難してください!」
魔狩ギルドの職員が、群がる見物人の避難誘導を始めた。
「ケチケチすんなよ! この間のマッチョの大男しか撮れてないんだぞ!」
「こっちも! 服だけ溶かすスライムって聞いて、遠征してきたのに!」
昼間の快晴をスマホに反射させながら、見物人が好き勝手に騒ぐ。安全な場所で文句を言うだけの野次馬は、気楽でいいな。
「始めるわよ、琴音!」
桃花が、後方の琴音に声をかけた。
右手の人差し指に鉄の指輪を嵌めた。桃色の長い髪を揺らし、右手を高く掲げて、指輪を示した。
見た目は、ゴテゴテしたオモチャの指輪である。狭魔を呼び寄せる魔法品で、『刻印』と呼ばれる。
「はい!」
琴音も指輪を嵌めた。白銀の長い髪を揺らし、左手を高く掲げた。
琴音は、魔法少女の格好になると、雰囲気が変わる。内気なオドオドではなくなる。堂々と前を向き、大きな胸を張る。
中学生としては、自信がない。でも、魔狩として、ウィッチとして、魔法少女として、自信がある。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
二人が消える。直前までいた場所に、もういない。
オレは、この世界から狭間が見える特殊能力持ちだから、見える。
他の誰にも、二人は見えない。魔狩ギルドの職員だろうと、見えてない。
灰色の空の下、黒い荒れ地に、ポツポツと白い草が生える。
黒い荒れ地を、校庭だって埋められそうな巨大な、青く透明なスライムが這いずる。
巨大すぎる。物理無効とか以前に、手持ちサイズの武器でダメージを与えられる大きさじゃない。
琴音が、赤いハートと白い翼の杖を、レースの手袋の手に、大きな胸の高さに構える。
「赤く、万象、透き、失し、昇り、宿り」
澄んだ高い声で、魔法の詠唱が始まった。
白銀の長い髪が、薄らと輝く。白銀の光が、風に靡いて尾を引く。
レースやフリルをふんだんに使った白銀の魔法少女衣装まで、光を反射してキラキラと輝く。
「かかってきなさい! このっ! ……フニャフニャ!」
桃花が挑発しながら、桃色の長い髪を振り乱し、両刃の大剣で斬りかかった。
はたして、スライムに日本語が通じるのか。通じたとしてフニャフニャの意味が分かるのか。分かったとして悪口になるのか。
ベチャッ、とヌルヌルしてそうな音で、大波のような勢いで、スライムが桃花に襲いかかった。
言葉は通じなくても、悪口だとは伝わったのかも知れない。さすがは、語彙力はなくとも口の悪い桃花だ。
「キモい!」
さらなる悪口を叫びながら、桃花が斬りつけた。物理攻撃が効くわけもなく、ベトベトヌルヌルネチャネチャしてそうなスライムに呑み込まれた。
桃花の服が溶ける。桃花は苦しげに身悶える。あっと言う間に、下着が露出する。
違った?! 下着ではなく、水着だ。この展開は、対策済みだったようだ。
三角の布をヒモで繋いだ感じの水着である。赤いビキニである。あの小さな胸で、その英断は、称賛に値する。
スライムに溶かされないのは、抗酸の魔法品だからだろう。
魔法品は高価い。中学生の魔狩では、布面積の広い服は買えない。
そこで、比較的安い、布面積の狭いビキニにしたのだ。代償として、胸の小ささが目立って悲しい。
「そういうことか……」
オレは、オレが呼ばれた理由を、オレにしかできない役割を、完全に理解した。
カバンから大きいバスタオルを取り出す。いつでもかけられるように広げてスタンバイする。
「崩れ、巡り、散り、万物、焼き尽くせ! 深紅の業火よ!」
琴音の詠唱が完了した。魔法が完成した。
スライムの中の桃花が藻掻いて、大剣を背後に突き立てた。
自身とスライムの間ではなく、自身と琴音の間に、だ。スライムの攻撃よりも、琴音の魔法から我が身を守るために、だ。
琴音の杖から放たれた、巨大なスライムよりも広範囲の炎が、黒い荒れ地を薙ぎ払った。ジュッ、と焼ける音が一瞬だけ聞こえた。
◇
再び住宅地の入り組んだ道で、しゃがみ込む桃花にオレは駆け寄る。少女の華奢な体を包むようにバスタオルをかける。
炎でビキニのヒモが焼き切れかかっていた。危なかった。
「桃花! 大丈夫か?」
「ゲホッ、ゲホッ。これくらい、楽勝よ」
桃花が咳込みながら、強がって笑った。
一瞬だった。巨大なスライムが、一瞬で蒸発した。
快晴の青空から落ちてくる小石を、琴音が軽快にキャッチする。パシンッ、と爽快な音が響く。
「遠見君! 絢染さん! ありがとうございます!」
琴音が、自信に満ちた微笑で礼を述べた。
真奉 琴音は、魔法少女である。
二つ名は『白銀の炎』。その華麗さを『魔女』なんて地味な呼称で済ませては、勿体ないだろう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第4話 EP1-4 琴音は魔法少女である/END