この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
「ねぇ、勇斗。先週はアレだったけど、次の日曜こそさ」
桃花が、素っ気ない口調で切り出した。その手には、チケットらしき紙があった。
絢染 桃花は魔狩である。十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
中学生が放課後に帰宅途中なので、二人とも制服を着ている。オレは廉価品の長剣、桃花はオーダーメイドの両刃の大剣を腰にさげる。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
「……えっ!?」
オレは、灰色の空の下、黒い草原にいる。白い風が吹いて、黒い草原をザワめかす。
一人だ。桃花はいない。
ついに、恐れていた事態が起きてしまった。オレが、狭間に引き込まれたのだ。
「ええっ!?」
恐怖にキョドりながら、腰の長剣を抜く。震える手で構える。
冷や汗が頬を伝う。歯がガチガチと高速で鳴る。視線が周囲を駆け巡る。
ガサリ、と黒い草原が大きく揺れた。大きな獣みたいなものが飛び出した。オレに向けて、飛びかかってきた。
「ヒィィィッッッ???!!!」
甲高い悲鳴が出た。オレってこんな声も出せるんだ、と思う余裕はなかった。振りおろされる獣の爪に、必死に長剣を翳した。
ギィィィンッ、と鋼刃が悲鳴をあげた。オレは弾き飛ばされて、硬いアスファルトを転がった。
◇
「ヒッ、ヒィッ?!」
「勇斗! 無事? もう大丈夫よ!」
半泣きで狼狽えるオレを、桃花が揺さぶる。
白い雲のポツポツと浮かぶ青空の下、住宅地の、ブロック塀に挟まれた狭い道だ。
戻った。生きて、戻れた。
◇
「なるほど。こちらでも、できる限りのことはさせていただきます」
黒髪をきつく纏めた受付嬢が、澄まし顔で答えた。
オレは当然ながら、真っ直ぐ最寄りの魔狩ギルドに駆け込んだ。助けを求めた。まだ中学生で、死にたくない。
狭間での滞在可能時間は、短くて数秒、長くても数分である。
狭間も狭魔も、謎が多い。分かってることなんて、ほとんどない。
狭魔が強い人間を選んで狭間に引き込む、と考えられている。
制限時間内に決着が着かなければ、この世界に戻る。けれど、またいつか狭間に引き込まれる。何度でも何度でも、決着が着くまで、である。
終わらせるには、その狭魔を倒すか、自分が死ぬしかない。
蒼褪めるオレを桃花が押しのけ、受付カウンターに前のめる。
「ねぇ、ギルド職員さん。『刻印』でアタシが手助けって、できないの?」
「力量が違いすぎます。『刻印』でも、近しい力量でなければ狭間への同行はできません」
受付嬢が澄まし顔で答えた。
絶望的だ。戦闘力が底辺のオレに近しい力量なんて、なかなかいない。いたとして、戦闘力底辺が数人集まって、どう狭魔に勝つというのか。
「気休めですが、狭魔避けの御札を一パック提供させていただきます。この申請書に記入して、消耗品窓口にお持ちください」
受付嬢が、さすがに同情する顔で、申請書を差し出した。
◇
オレは、記入した申請書を手に、項垂れ、肩を落とし、フラつく足でトボトボと、消耗品窓口に向かう。
短い人生だった。一度でいいから、恋愛ってやつをしてみたかった。
「どうしたどうした? 今にも死にそうなオーラ出しやがって。俺っちの永遠のライバルが、そんなシミッタレた面してんじゃあ無ぇぜ!」
黒い革ジャン革パンツの男が、奇妙に斜めったポーズで声をかけてきた。小型の洋弓を背負い、金に染めた髪を逆立て、なぜかオレを『永遠のライバル』と呼ぶ、近所の大学生だった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第5話 EP1-5 勇斗の災難/END《》