この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
あっと言う間に一週間が過ぎた。狭魔避けの御札は、最後の一枚がついさっき破れて散った。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
白い雲のポツポツと浮かぶ青空の下、住宅地の、ブロック塀に挟まれた狭い道にいる。一週間前に狭魔に襲われた場所である。
腰にある片手大剣の、柄を握る。
一週間、桃花のスパルタ指導を受けた。少しはマシになった、と思いたい。
狭魔寄せの『刻印』には、二つの利点がある。
一つは、複数人が同時に同じ狭間に入れる。多対一で有利に戦える。
もう一つは、戦うタイミングをこちらで選べる。不都合や不意討ちを回避できる。
手が震える。やるしかないけど、準備はしたけど、怖い。
◇
「死にたくないよぉ」
オレは泣きながら、セコンドの桃花に縋りついた。
「やれることはやったでしょ。泣いてちゃ勝てないわよ。冷静に戦えば、勝機だって必ずあるから」
桃花の、気休めみたいな励ましだった。一緒に戦えないのを、悔しげに唇を噛んでいた。
オレは普段着のTシャツジーパンスニーカー、桃花はいつものノースリーブにミニスカートにスニーカーで、いつもと変わらない。
でも、いつもと違って弱々しく見えるのは、恐怖と不安のせいだろうか。
「ダセぇ!」
古堂が、虚空に一喝した。
古堂 和也は、小型の洋弓で戦う魔狩である。
オレや桃花の近所に住む、大学生である。金髪を逆立て、黒い革ジャン革パンツの、派手な出で立ちの男である。
「ダサくないわよ! 誰だって」
桃花が食ってかかる。しかし、古堂が洋弓を膝で圧し折って、ビックリして止まる。
オレと桃花は、困惑して古堂を見る。
「何がダセぇって、ライバルが生きるか死ぬかってぇときに、手前の見てくればっかり気にしてやがる俺っちがダセぇ!」
古堂が、逆立つ金髪を両手で掻き混ぜて崩した。勉学一筋の受験生みたいな黒縁のメガネをかけた。背よりも長い和弓を手にした。
「そんなことしても、強くはならないと思うけど……」
桃花が困惑のままに声をかける。
「俺っちはド近眼の乱視だ。この弓は、小中高と一緒に研鑽を積んだ相棒だ。少しくらいは命中率があがるだろ」
古堂が、不敵に口角を吊りあげた。特訓で的に碌に当てられなかったとは思えない、自信ありげな笑みだった。
◇
「古堂さん。どうして、年下のオレがライバルなんすか?」
オレは、少し落ち着いた。泣くのは、やめた。
「俺っちが、仕様も無ぇことで悩んでたときだ。悩むのも未練もダセぇって、諦めようと決めた」
古堂が、和弓の点検をしながら答える。
「そんなとき、お前が言いやがった。オレも仕様も無ぇことで悩んでるから、オマエも悩め、諦めるな、ってよぉ」
弦を軽く弾いて鳴らす。『刻印』を小袋から出し、指に嵌める。
「そんなことっすか?」
オレも『刻印』を小袋から出し、指に嵌める。
「俺っちは思ったのさ。こいつは最後まで足掻くダサイやつなんだな、ってな。俺っちも、こいつみたいに、最後まで足掻けるようになりてぇな、ってな」
二人一緒に、手を高く翳した。『刻印』に光が反射して、キラキラと光った。
◇
灰色の空の下、黒い草原にいる。白い風が吹いて、黒い草原をザワめかす。
オレの後方三十メートルくらいに、古堂が和弓に矢を番える。オレの方に向けて弦を引き絞り、ピタリと動きを止める。
オレは、震える両手で片手大剣を持つ。重くて、腰より少し下で構える。
ガサリ、と黒い草原が大きく揺れた。大きな獣みたいな狭魔が飛び出した。オレに向けて、飛びかかってきた。
「ヒッ?!」
悲鳴が出た。
練習と本番は違う。怖いものは怖い。
振りおろされる獣の爪に、必死に片手大剣を翳す。ギィィィンッ、と鋼刃が悲鳴をあげる。弾き飛ばされて、黒い草原を転がる。
古堂は動かない。矢を放たない。オレは必死に立ちあがる。
「うぁっ?!」
足が縺れて、転んだ。
ガサリと黒い草原が揺れる。大きな獣みたいな狭魔が飛びあがる。
終わった。短い人生だった。
「この程度じゃ諦め無ぇよなぁ、ライバル!」
古堂が雄叫んだ。風切り音が鳴って、狭魔の肩に矢が突き刺さった。
一瞬、狭魔が怯んだ。致命傷には遠いけれど、十分だった。
「うっ、うわぁっ!」
オレは無我夢中で、片手大剣で突きあげた。剣先が、狭魔の喉を貫いた。
◇
オレは、アスファルトに座り込む。気の抜けた顔で、空を仰ぐ。
白い雲のポツポツと浮かぶ青空の下、住宅地の、ブロック塀に挟まれた狭い道だ。
「勇斗! 大丈夫? 怪我してない?」
桃花が心配して、オレの襟首を掴んで揺さぶる。
オレの後方三十メートルくらいに、古堂が大の字で寝転がる。
「緊張した! もう二度とやら無ぇからな! 次は別のやつに頼め!」
オレは、古堂に、桃花に、心の底から感謝した。この二人でなかったら、オレの今はなかっただろう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第7話 EP1-7 草原の決闘/END