この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレと桃花と琴音の三人で、放課後の校舎裏に集合した。校舎の裏口の階段に、三人並んで座った。
人目を避けて『新種の能力増強薬』の話をするためだ。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
廊下くらいの幅の裏道に、ところどころ木が植えてある。背丈より高いブロック塀の向こうは山がある。通りすがりが偶然に話を聞く、みたいなことはないと思う。
「魔法使い系の魔狩には、薬品に詳しい人が多いんです。それで、わたしにも調査依頼が来たんです」
琴音が、ゴニョゴニョと口籠もりながら説明する。
琴音は魔狩である。攻撃魔法を使える『ウィッチ』である。
「この中学校での情報収集を担当することになったんです。で、でも、他人に話しかけるのって、ど、どうすればいいのか」
本気で困っていた。絶望の顔をしていた。
「分かった、情報収集すればいいのね? 任せて! アタシが笑顔で聞けば、皆喜んで教えてくれるから!」
桃花が自信満々で請け負った。
オレは、圧倒的な強者が笑顔で情報の提供を求めるのは脅迫なのでは、と思った。
「オレも、知り合いに聞いてみるよ。桃花は穏便にな」
「遠見君、絢染さん。ありがとうございます」
琴音が、銀縁の丸メガネの奥の瞳をウルウルと潤ませて、オレと桃花の手を握った。
◇
ザリッ、と土を踏む音がした。
オレも桃花も琴音も、慌てて音の方を見た。
「絢染さん。こんなところにいたのですね」
風紀委員の風木 楓だ。薄緑色の長い髪をおさげにして、目つきが鋭く、痩せ型の女子だ。
「何? まだ何か用でもあるの?」
桃花が喧嘩腰で答えた。こいつはいつもこうだ。
「用? 用事ではないのですが」
楓が声に、隠しきれない苛立ちを、嫌悪を混ぜる。腰の細剣の、天使の彫刻の柄を擦る。屈んで、足元の木の枝を拾う。
「絢染さん。一手、手合わせしてもらえませんか?」
風木 楓も魔狩である。ランクB、平均的、強くも弱くもない、普通の力量である。能力は戦闘系の一つ、素早い動きで翻弄する『クイッケン』だったと思う。
「喧嘩なら、買うわよ?」
桃花が眼を飛ばしながら立ちあがった。
オレは嫌な予感がする。
琴音がオロオロと狼狽える。
釣られて、オレもオロオロと狼狽える。
「けっ、喧嘩は良くないです、絢染さん」
「喧嘩はダメだぞ、桃花」
「いいえ! これは喧嘩ではなく、手合わせです!」
楓が言葉と同時に、疾風の速さで踏み込んだ。
楓の動きは、ほとんど見えなかった。敢えて表現するなら、形が崩れて色が流れた。
桃花の眉間に、木の枝の先端が突き立った。瞬間、枝はパァンッと派手な音で弾けた。流れた色が楓の形に戻って、呆然と座り込んでいた。
桃花は微動だにしてない。反撃どころか、防御もしてない。
ただ立っていた桃花に攻撃して、楓は跳ね返された。尻餅をついて、ビックリして、呆然と桃花を見あげた。
「アタシとアンタの力量差で勝負になるわけないでしょ。勇斗と琴音に免じて、今回は見逃してあげるわ」
桃花が棘のある口調で、野良犬でも追い払うように手を振った。こいつはいつもこうだ。
「くっ……」
楓が歯噛みして、桃花を睨む。フラフラと立ちあがって、ブロック塀に寄りかかりながら歩み去る。
途中にもう一度、横目に桃花を睨んでいた。何かを言っていたのは、聞こえなかったけれど、きっと悪態か悪口だったのだろう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第9話 EP2-2 楓は風紀委員である/END