この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
「げぇっ?! バイオレンス絢染! ……様、本日はどのような御用件でしょうか?」
制服を着崩したガラの悪い生徒たちが、手揉みしながら桃花に諂う。
そういう連中の溜まり場の、山の中にポツンとある石の階段に来た。オレは、桃花が暴走しないように付き添いだ。
絢染 桃花は魔狩である。十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
腰に、自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「これ。何か知らない?」
桃花がスマホを提示する。ピンク色で、歴戦の戦士みたいに傷だらけである。
ガラの悪い生徒たちが恐る恐る画面を覗き込む。
「えっと、……『新種の能力増強薬』、っすか? ドラッグの噂はたまに聞きますけど、それは知らないっすね。俺ら、魔狩でもないし」
覗き込んだ四人が、揃えて首を振った。
「確か、一人だけ魔狩がいるでしょ?」
桃花が、一人だけ画面を見に来なかった男子に声をかけた。
その男子は、声をかけられて、ビクッと肩を震わせる。
ボサ髪の地味な、小柄で俯き気味で、根の暗そうな感じだ。でも、腰の武器が、廉価品の剣ではなく、短剣の二刀流だ。
軽量武器を使うなら、楓と同じ『クイッケン』だろう。
「そっ、そうだけど、全然弱いよ。……あ、弱いです」
ビビりながら答えた。
桃花にビビったのか。疚しいことでもあるのか。
「ふぅん」
桃花が訝しげに返した。
「じゃあ、何か分かったら教えて。依存性の強いヤバいやつらしいから、手は出さないようにね」
桃花が言いながら、短剣の男子を見た。
「いやぁ。俺らも、さすがにドラッグはやらないっす。なぁ、暗井」
ガラの悪い生徒たちも、言いながら短剣の男子を振り返った。
「ま、まぁ、うん」
短剣の男子は、気まずそうに目を逸らした。
◇
校舎の裏口の階段で、琴音と合流した。途中経過の報告会だ。
「こっちは進展なかったぜ」
オレは、自分のスマホを鞄から取り出す。お気に入りの、シンプルな黒である。
「学校関連のSNSを巡回はしてる。そっち系に詳しい友だちにも頼んでる」
「ギルドも新しい情報はないみたいでした」
琴音もスマホ片手に答えた。疎らに銀ラメの入った灰色だ。
「なぁ、桃花。あの情報源って、信用できるのか?」
「大丈夫よ。ああ見えて、ドラッグに手を出すほどバカな連中じゃないわ。ドラッグに手を出しそうな仲間を見て見ぬふりするほど冷たくもないわ」
桃花が自信満々だから、オレは納得する。
「だったら、大丈夫だな」
桃花の自信にもオレの納得にも、根拠はない。
「そもそも、大きなリスクのある能力増強薬なんて、需要あるのか?」
オレは、ふと疑問に思った。一時的に強くなれるとして、人生に大ダメージを負っては意味がない。むしろマイナスだ。
「あります」
琴音が、銀縁の丸メガネの端をクイッとあげながら答えた。
真奉 琴音は、クラスメートで魔狩である。銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい。
腰に、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖をさげる。
「いつ狭魔に襲われるかも分からない世界です。その薬一つで死なずに済むのなら、魔狩はもちろん、一般人でも御守り代わりに欲しがる方は少なくないと思います」
シンプルかつ決定的な例えだった。それは、確かに、一つだけでいいから欲しい。
「なるほど。狭魔の襲撃に怯えずに済む強さが、手に入るんだな」
納得するオレに、琴音が申し訳なさげに目を逸らす。
「あ、いえ、その……。能力増強薬ですので、特殊能力者の遠見君は、狭間が鮮明に見える、みたいな効果だと、思います。……ごめんなさい」
「……あ、あぁ、いいっていいって、欲しいとも思ってないし。そんな、謝るようなことじゃないぜ。な、なぁ、桃花」
目を合わせた桃花も、憐れむように目を逸らした。
なんだか気まずい雰囲気になってしまって、その日はそのまま解散した。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第10話 EP2-3 ダブルダガーの暗井/END