この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「っ?!」
前触れもなく、空気が変わった。
たぶん、学生だ。遠くて、夜の暗さで、性別も分からない。
朧げなシルエットの学生が、黒い空の下、白い草の、灰色の葉っぱの上にいる。巨大な草のような、小人のような、いかにも狭間の不思議な光景である。
対峙するのは、斑なオレンジ色のカマキリっぽい狭魔だ。人の二倍はあって、デカくて気色悪い。
細い茎に器用に立つカマキリ狭魔が、眼下の学生を狙う。細い体を緩急つけて振り、両の鎌を揺らす。
学生の方は、完全に腰が引けてる。ビビってる。
勝てるわけない。早く時間切れにならないと、殺される。
カマキリ狭魔が鎌を振った。学生が弾き飛ばされて、灰色の葉っぱを転がった。
学生が痛がる。自分の腕を見て、喚く。
血塗れが、容易に想像できる。
学生が、懐から何かを取り出した。手にある何かを、口に入れた。
その先は、ほとんど見えなかった。
敢えて表現するなら、シルエットが崩れて黒が流れて、闇となった。闇が、黒い空を駆け巡った。
◇
「ってことがあったんだ」
オレは大手柄と踏ん反り返って、桃花と琴音に報告した。騒々しい朝の教室で、最後尾のグラウンド側の窓際のオレの席だ。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
「で、その学生が誰かまで確認したのよね?」
桃花が、オレの臆病でチキンを知る半笑いで聞く。
琴音は、銀縁の丸メガネの奥の瞳を、期待にキラキラと輝かせる。
絢染 桃花は桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
真奉 琴音は、銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい。
琴音に悪い気がしないでもない。
「そんな怖いことできるわけないだろ。バレたら次はオレの番だぞ」
オレは当然の結論と、堂々と主張した。
「皆! 大ニュース大ニュース! 体育の村田が、通り魔に襲われたらしいわ!」
教室に駆け込んできた短髪の女子が、息を切らせながら報せた。
◇
オレと桃花と琴音の三人で、放課後の校舎裏に集合した。校舎の裏口の階段に、三人並んで座った。
「あの女子を追い駆けて聞いたけど、体育の村田が通り魔に襲われて入院した、までしか知らなかったわ」
「担任の谷口は、詳しいことが分かったら校長から発表がある、ってさ」
「村田先生は魔狩です。ギルドデータでは、ランクCの『ウォリア』でした」
現時点の情報を、思い思いに喋る。情報がない、と分かる。
ちなみに、ランクCは『強い一般人』~『弱い魔狩』である。
魔狩ギルドで狭魔討伐をするなら、『普通の魔狩』のランクB相当の力量が欲しい。
ランクC相当の力量でも、ギルド登録証のために登録だけする人はいる。身元証明や資格になる。
◇
ザリッ、と土を踏む音がした。
オレも桃花も琴音も、慌てて音の方を見た。
「……」
風紀委員の風木 楓だ。薄緑色の長い髪をおさげにして、目つきが鋭く、痩せ型の女子だ。
何も言わず、何か言いたげに、鋭い目でオレたちを見やる。
「相変わらず存在感がないわね、風紀委員さん。今度は、何の用?」
桃花が、棘のある口調で聞いた。こいつはいつもこうだ。
楓は忌々しげに歯噛みする。しかし言い返さず、オレを見る。
「これは独り言です」
楓がオレを見たまま続ける。
「襲われた当時、村田先生は自主的に、夜間の巡回をしていらしたそうです。場所は、西の廃アーケードの辺りと聞きました」
「犯人の顔は見なかったのか? 特徴とか」
オレは楓の独り言に質問した。
主導の琴音にやり取りしてほしいところだが、桃花の背中に隠れる人見知りにそれを要求するのは酷だろう。
「暗くて何も見えなかった、そうです。村田先生は生徒思いの方ですから、相手を知った上で黙っていらっしゃるのだと思います」
「あのデリカシー皆無のゴリラが?」
桃花が軽口で茶々を入れた。こいつはいつもこうだ。
楓が桃花を睨む。言及はせず、踵を返す。
「独り言は、これだけです」
そのまま、歩き去った。
反目しても、桃花の実力は認めているのだろう。情報を提供するに値すると、評価してくれているのだろう。
楓は、オレたちとは正反対の、冷静で論理的なリーダー向きの性格だと思う。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第11話 EP2-4 薬の使い方/END