この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
新種の能力増強薬、いわゆるドラッグの調査を手伝って、廃アーケードにいる。
十年前の禍事件で多くの被害が出て、放棄されたらしい。幽霊がいても不思議じゃない、不気味すぎる廃墟だ。
「あとはアタシたちに任せて、アンタは帰りなさい」
桃花が深慮ありげに、ガラの悪い生徒に言った。
「暗井のやつを捜してもらえるっすか、絢染様! ありがたいっす!」
ガラの悪い生徒が、安堵して答えた。
人見知りの琴音は、やっぱり桃花の背中に隠れる。
ここにいるのは、オレと、この三人だけだ。
こんな廃墟に、昼間は誰も近づかない。夜は、素行の悪い若者とか、如何わしいグループとか、命知らずの肝試しとかがいたりするらしい。
「今日はアタシたちも帰るわよ。夜間装備がないから」
桃花が断言した。
「あります」
不意に、抑揚少ない女子の声が聞こえた。
◇
「幽霊さんごめんなさいごめんなさいディスったわけじゃないんです!」
「違うんだまだ科学的に解明できてないと言いたかったのであって存在を否定したわけじゃないんだ!」
桃花もオレも、声のした方に全力で土下座した。
声の主は、風紀委員の風木 楓である。土下座に首を傾げ、ナップサックをアスファルトに置く。
「どうせ準備していないだろうと、夜間装備を持ってきました」
「……実在するわけないじゃない」
「……幽霊なんて、非科学的だぜ」
もうかなり遅いけど、桃花もオレも平静を取り繕った。羞恥に赤い顔で、土下座から立ちあがった。
「私は風紀委員ですから、立場上、夜の廃墟に同行はできません」
「いいわよ別に。アンタ程度じゃ足手纏いよ」
桃花はいつもこうだ。
「それでも、できれば、村田先生のご配慮を汲んで、内密にお願いしたいと考えています。もちろん、判断はお任せします」
楓は言いたいことを言って、歩き去った。
置かれたナップサックの中身を、琴音が確認する。
「夜間装備です。懐中電灯に、インカム、位置情報タグ、保護手袋、などなどですね。昔のアーケード街の見取り図もありますよ」
楽しそうだ。
「暗井のこと、よろしくお願いするっす!」
ガラの悪い生徒が、オレの手をゴツい両手でガッチリと握った。律儀に深々と頭をさげた。
オレも桃花も、もう後に退けないようだった。
◇
とりあえず、一棟だけある廃ビルに入る。鉄筋コンクリートの五階建てである。
窓は全て侵入防止の板で塞がれ、暗い廊下を進む。懐中電灯の明かりには、散乱した瓦礫と、薄汚れた壁と、ドアがあった四角い穴ばかりが浮かぶ。
「信じてるわよ、琴音」
腰の引けた桃花が、琴音の左肩を掴む。
「頼りにしてるぜ、真奉さん」
腰の引けたオレも、琴音の右肩を掴む。
「遠見君と絢染さんが一緒で、とても心強いです」
琴音が照れながら、嬉しそうにはにかんだ。
危うい信頼関係だ。
個々人としては、誰も信頼できない。信頼に値する要素を、誰も持ってない。
なのに、三人集まると、なぜか信頼が発生する。存在しない信頼が、無から有が、三人の中に創造される。
「ここは、会議室ってありますね。広めの部屋で、人が集まりやすいと思います」
琴音が手にある見取り図を照らして、壁の穴の一つに踏み込んだ。
「あんっ。まっ、まだ心の準備が」
「早まるな。人以外のものが集まってたら大変だぞ」
桃花もオレも、震えながら続いた。
暗い、広い部屋だ。二、三の部屋が繋がっているようだ。
懐中電灯の丸い明かりが、あちこちを順番に照らす。
ボロボロの黒いカーテンが、丁寧に窓を覆う。天井には割れた照明がぶらさがる。壊れた長机が残骸を重ね晒す。
部屋の片隅に、人っぽい影がある。
◇
「きゃーっ! 出たーっ!」
「うぎゃっ! うぎゃっ!」
桃花とオレは、琴音の肩を引っ張って全速力で逃げ出した。
追ってくる。
それは、闇だ。闇が、暗く狭い廊下を、瓦礫の散乱した床を、ヒビの入った壁を、ところどころ割れた天井を、縦横無尽に駆け巡った。
闇が纏うように、風を切る音がした。
「きゃーっきゃーっ!」
桃花が桃花にあるまじきカワイイ悲鳴をあげながら、オレの腰の長剣を抜く。暗い廊下に振りまわす。
キィィィンッと甲高く、金属同士の打ち合う音が鳴った。
「うわぁっ!」
夕暮れの廃アーケードに飛び出す。ゼェゼェと息が乱れる。座り込み、出てきた穴を振り返る。
かつては正面扉だった大穴がある。大穴の奥の闇には、オレンジ色の夕焼けが差し込む。
「まさか、ここまでは追ってこないよな?」
オレはビビりながら聞いた。
「……はっきりとは見えなかったけど、幽霊じゃなくて、人だったわ」
桃花が蒼褪めた顔で答えた。
「……そういうことは、もっと早く言えよ」
「だって、怖くて、それどころじゃなかったのよ」
桃花が恥ずかしさに顔を赤くした。
オレも怖かったから、恥ずかしがることではない。と、思う。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第13話 EP2-6 幽霊って怖い/END