この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
日が暮れる。廃アーケードに、夕焼けと宵闇が交じる。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「間違いなく、人だったんだな? 幽霊じゃなかったんだな?」
オレは念入りに確認した。間違いは絶対に許されない。
絢染 桃花は魔狩である。十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
腰に、自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「パニクってたし暗かったけど、手応えも気配も人だったわ」
桃花が慎重に、思考を何重にも重ねながら答えた。
真奉 琴音は、クラスメートで魔狩である。銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい。
腰に、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖をさげる。
「でしたら、確認に戻りましょう」
琴音が、キラキラと信頼の輝く瞳で提案した。
「もう暗くなるし、帰ろうぜ」
オレは熟考に熟考を重ねて結論した。
当然、そんなビビり散らかした結論が通るわけもなかった。
◇
さっき逃げ出した廃ビルに入る。
廃アーケードに一棟だけあるビルで、五階建てで、鉄筋コンクリートで破損が少ない。人が集まるには好条件の物件である。
暗い廊下を、懐中電灯を持つ琴音が先頭で進む。オレと桃花はビビって、琴音の肩にしがみつく。
あれが幽霊ではなかったとして、幽霊がいないとはならない。これだけ不気味な廃墟だ。いても不思議じゃない。
「会議室です」
琴音が無警戒に踏み込んだ。
オレと桃花は警戒心マックスで続いた。
暗く広い部屋の片隅に、人がいる。懐中電灯の丸い明かりに照らされて、雑に包帯の巻かれた腕で、眩しそうに手を翳す。
ボサ髪の地味な、小柄で俯き気味で、根の暗そうな感じの男子で、腰に短剣を二本さげる魔狩だ。同じ中学校の学生服を着て、ガラの悪い生徒たちと一緒にいた、名前は確か、暗井だ。
「友だちが心配してたわよ」
琴音が、おっかなびっくり声をかけた。
「どいつもこいつも! バカにしやがって!」
暗井が、怒りに興奮した口調で答えた。
「ゴリ先の野郎! 血が出てる、体が小さいんだから無理するな、だとぉっ?!」
目つきが怖い。オレたちの方を見てるようで、見てないようで、危うい。
◇
「体が小さくて、悪いかよ?!」
怒鳴った暗井の動きが、ほとんど見えなかった。敢えて表現するなら、形が崩れて黒が流れて、闇となった。
オレと琴音の前に、桃花が立つ。半袖セーラー服の赤いスカーフを解き、放り捨てる。
桃花はパワー系の『ウォリア』である。一般人よりは速くても、スピード系の『クイッケン』よりは遅い。
ランクS手前のランクA『ウォリア』と、能力増強薬で強化されたランクC『クイッケン』。どれほどの差があるのか、その差を埋められるか、の勝負だ。
人としてはトロい琴音と、論外のオレは論外である。桃花をこの状態に持ち込むまでの、ロケットブースター的な役割に近い。最早用済みと、自信をもって断言できる。
桃花が、腰の革鞘の剣留め金具を外す。大剣を片手で握り、腰を屈める。
桃花の背中は、女子相応に華奢なのに、最上級に頼もしい。
暗く広い部屋を、闇が縦横無尽に駆け巡る。風を切る音を纏って、桃花に襲いかかる。
対する桃花は、大剣で一気に斬りあげる。
キィィィンッッッ!、と鋼同士が甲高く打ち合った。
闇が、長机の残骸を吹き飛ばしながら床に転がった。流れる黒が、人の形に、暗井に戻った。
◇
「うっ!? うぁぁぁっっっ!!!」
暗井が這いつくばったまま、怒ったように怯えたように叫ぶ。立ちあがり、無様に前屈んで、部屋の出口の一つへと走る。
逃げた。逃げ出した。桃花の強さに、暗井は戦意を挫かれた。
でもマズい。全力で逃げる『クイッケン』を、この三人で止められるはずがない。
「うぎゃっ?!」
誰かに殴られて、暗井が倒れた。
「私、犯罪に類することには疎くて申し訳ないのですが」
風紀委員の風木 楓だ。細剣を使うランクBの『クイッケン』、魔狩だ。
「危険な能力増強薬とは、大した効果はないのでしょうか? それとも、使用した魔狩の能力が低かったのでしょうか?」
倒れた暗井のポケットを探って、錠剤らしきものの入った小袋を取り出した。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第14話 EP2-7 再戦/END