この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
廃アーケードにある廃ビルの、暗く広い会議室に楓が入ってきた。
風木 楓は風紀委員である。薄緑色の長い髪をおさげにして、目つきが鋭く、痩せ型である。
十四歳の中学生でランクBの『クイッケン』、魔狩である。腰に、天使の彫刻の柄の細剣をさげる。
楓が、倒れた暗井の胸座を掴みあげて、ポケットから錠剤を奪って、暗井を放り落とした。
オレは一瞬、何が起きたか分からなかった。判断を迷った。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
楓が手伝いに来てくれたのかも知れない。
口の悪い桃花と相性が悪くても、冷静で論理的な人だ。ちょっと雰囲気が不穏だけど、自分の立場が悪くなる愚行を冒すはずがない。
そんなオレの優柔不断を払い飛ばすように、桃花が大剣を楓に向ける。
「今度は何の用、風紀委員さん? 夜間外出はしないんじゃなかったの?」
そう、それだ。
情報も夜間装備も、オレたちに暗井を捜させるために提供した、と疑うべきだ。こういう状況にしたくて、隠れて尾行して、機を窺っていたのだろう。
桃花は脳筋である。野生動物めいて鼻が利く。雰囲気で敵と味方を嗅ぎ分ける。
「私は、強くなりたい。……いいえ。ずっと、絢染さんに勝ちたかった」
楓が、向けられる大剣に臆することなく、桃花に真っ直ぐ相対する。
「なぜこんな不真面目な人が、この区域でトップクラスの評価なのか。私がもっと強ければ、もっと多くの狭魔を倒せるのに」
楓が、錠剤を一つ摘まむ。
桃花が、静かに警告する。
「アタシとアンタの力量差が、そんなもので埋まるわけないでしょ。まだ今なら、手伝ってくれてありがと、くらい言ってあげるわよ?」
こいつはいつもこうだ。もっと穏便にできないのだろうか。
「魔狩の力量は才能に大きく依存し、装備品以外での強化は難しいとされています。ですから、試す価値はあります」
何の躊躇もなく、手にある錠剤を口へと放り込んだ。
◇
「いつも! いつもいつもいつも! そうやって私を見下して!」
楓が、怒りに興奮した口調で怒鳴った。腰の細剣を乱暴に抜いた。
消えた。
形が崩れて、黒が流れて、闇となって、消えた。
オレは、全く見えない。ずっとオロオロしてる琴音は、暗井から見えてなかったっぽい。
マズい。いくらなんでも、速すぎる。
桃花が大剣を翳して盾にする。
キキキキキキキキキキンッ、と一瞬で無数に金音が鳴った。大剣に無数の火花が散った。桃花の手から大剣が弾き飛ばされて、ガランガランと転がった。
キュッ、と靴底で床を踏み擦る音がした。姿は色すら見えなくて、方向転換した音とだけ察した。
桃花が当てずっぽうに拳を振る。桃花の腕に、赤い切り傷が何本も走る。
ヤバい。
「おい、桃花! 先に逃げるからな!」
オレじゃあ、邪魔にしかならない。桃花も逃げ出せるように、この場から逃げ出すしかできない。
オロオロするばかりの琴音の肩を強く引く。
「ハッ! 冗談! アタシがアイツごときに負けるわけないでしょ!」
桃花が強く笑い飛ばした。手を腰に当て、無防備に仁王立ちした。
キュッ、と靴底で床を踏み擦る音がする。楓がブレーキをかけて、姿を現す。
「また! そうやってそうやって! そうやって私を見下して!」
楓が半狂乱に喚いた。疾風よりも速く踏み込んだ。
楓の動きは、完全に見えなかった。形も色も、一瞬で消えた。
瞬間、鋼がバギィィィンッッと派手な音で弾けた。金属片が無数に、キラキラと散乱した。
楓が、砕けた細剣を呆然と見つめて、座り込んでいた。
桃花の眉間に、木の枝の先端で突かれたみたいな赤い痕がある。
桃花は微動だにしてない。反撃どころか、防御もしてなかった。
ただ立っていた桃花に、本気で攻撃して、楓はそれでも跳ね返されたのだ。
「アタシとアンタの力量差で勝負になるわけないでしょ。それでも手合わせがしたいってなら、いつでも相手になってあげるわ」
桃花は強い。と思い知る。
桃花は体も、心も強い。だから、桃花は強いのだ。
「アハッ! アハハッ! アハハハハハッ!」
楓は笑った。高く、呆然と、ただ笑い続けた。
◇
被害者が全員黙ってたから、表沙汰にはならなかった。
でも、暗井も楓も転校していった。二人なりのケジメだったのだろう。
そして手掛かりを失って、何も分からないまま、調査は呆気なく打ち切られてしまった。
モヤモヤした気分が残ったけれど。手伝いの手伝い、くらいの立ち位置のオレには、どうでもいいことなのだろう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第15話 EP2-8 桃花は強い/END