この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「なぁ、桃花。次の日曜日、暇か? この間の礼っていうか、一緒にどっかに遊びに行かないか?」
オレは学校の帰り道に、桃花に聞いた。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
腰に、自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「えっ!? えっえっえっ?! そっ、それなら、これが」
桃花が、なぜか取り乱す。チケットを二枚、オレの前に差し出す。
「ぐっ、偶然なんだけど、遊園地の一日フリーパスが二枚あるわ!」
「おっ! いいな。一緒なら、絶対に楽しいぜ」
きっかけは、こんなよくあることだった。
◇
日曜の朝だ。白くて大きな雲が浮かぶ快晴だ。
遊園地の前の、並木道で待ち合わせている。知名度のない地元の偉人の紹介看板が定番である。オレは久しぶりに行く。
桃花が先に待っている。いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿である。いや、今日は、ちょっとヒラヒラしてて女子っぽい感じか。
「早いな、桃花。まだ時間あるぜ」
オレは、スマホで時間を確認しながら声をかけた。
二人並んで、並木を眺める。青々と茂って、セミの声が煩い。
並木の一本から、三メートルはある大鎚が伸びる。大鎚?、金鎚?、『ディメンションクラッシャー』と呼ばれる大きなハンマーである。それを背負うドレス姿の大人の女の人が、こちらを木陰から覗く。
「あの人、久しぶりに見たな」
「全国でもトップクラスだから、忙しいんでしょ」
桃花が興味なさげに答えた。
細長い金属の柄に、自販機サイズのハンマーヘッドが載っている。
輝くゴールドカラーで、優美な装飾が全体に入って、ヘッドに彫られた女神が神々しい。
「待たせたな、ライバル!」
「あっ、あのっ! おはようございます、遠見君! 絢染さん!」
古堂と琴音が合流した。
「オレも今来たとこだぜ!」
これで、四人揃った。
「……え? なんでこの二人も一緒に……?」
なぜか桃花が、とても残念な人を見る目でオレを見た。
◇
「なんか悪ぃな、俺っちまで誘ってもらって。中坊に奢らせるのもダセぇから、俺っちも金出すぜ」
古堂 和也は、オレや桃花の近所に住む大学生である。金髪を逆立て、黒い革ジャン革パンツの、派手な出で立ちの男である。
遠距離戦闘系の魔狩『スナイプ』なのにランクD、一般人並みの力量しかない。オレが狭魔に襲われたときに一緒に戦ってくれた、命の恩人だ。
「いいっすよいいっすよ。一緒に倒した狭魔が、一般人に被害を出しかねない『下禍』区分だったらしいっす。おかげで、報酬が多かったっす」
オレは、ジーパンのポケットを叩きながら笑った。
「おっ?! だったら俺っちに半分渡すべきだろ? 二人で倒しただろ?」
「山分けしたら、今日の奢りより減るっすよ? いいっすか?」
「本当か!? だったら、奢りでいいや」
「中学生の『報酬が多い』なんて、そんなもんっす」
他愛ないやり取りで、二人して大笑いした。
琴音は申し訳なさげに眉をさげる。
「ごめんなさい、絢染さん。お邪魔をするつもりではなかったんです」
真奉 琴音はオレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
「いいのよ琴音。そんなんじゃないから。大勢で遊んだ方が楽しいから」
拗ねた桃花が琴音の腕にしがみつく。小さな胸を押しつけて頬擦りする。酔っぱらいみたいな絡み方である。
桃花は人付き合いの距離感がおかしい。
「あっ、あっ、絢染さんっ! 近いです! 当たってます!」
琴音が、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。強く目を瞑って、頬擦りする桃花を離そうと無駄な足掻きをした。
ランクA『ウォリア』の桃花は腕力もおかしい。
◇
入園口の列が減るのを待って、遊園地に入る。地方都市の小さなとこだけど、快晴の日曜だけあって人が多い。
「お久しぶりですわね、未来を担う私の後継、桃花ちゃん。一月ぶりかしら?」
前方の人混みから、鋭く高い女の声が聞こえた。
人混みがドヨめき、モーゼの十戒みたいに退き割れた。
大きなハンマーを背負うドレス姿の美女が澄まし顔で、モデル立ちで佇む。
輝くゴールドカラーで優美な装飾が全体に入る、『ディメンションクラッシャー』と名高いハンマーである。
ドレスは、薄紫を基調に華やかな刺繍がされた薄手のサマードレスだ。肩や脇や太腿のスリットがセクシーだ。
「健勝のようで何よりです。私? もちろん、連戦連勝でしてよ」
髪は燃えるような赤色で、波打ち膨らむ。美女でナイスバディで大人の魅力が溢れる。赤い唇で不敵に微笑む。
斎賀 皐月は全国でもトップクラスの魔狩、ランクSSSの『ウォリア』である。
……いや、今は、その紹介は適切ではないだろう。
「でも本当は、三十一分四十七秒前に会ってますの。再会の感激に飛びつきたい激情を抑えますのが、いかな狭魔よりも強敵でしたわ」
「知ってるわ。見えてたわ」
桃花が興味なさげに、素っ気なく答えた。
「冷たい! そこがまた素敵で興奮しますわ!」
皐月が、その場に頽れるように座り込む。息を荒げて頬を紅潮させる。
「あぁ、でも、次代の強者を見守り導くのは、今の強者の義務。これも、そのための試練ですのね」
斎賀 皐月は、不適切な感じの、桃花のストーカーである。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第16話 EP3-1 最強の魔狩/END