この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「早めにジェットコースター乗ろうぜ」
オレは建設的な提案をした。
定番のアトラクションは、こんな地方都市の遊園地でも混むものだ。混めば混むほど待ち時間が長くなるものだ。
「次はコーヒーカップね!」
「オマッ?! 桃花は加減しろよ? 全力で回すなよ?」
桃花がはしゃいで、オレと琴音の手を引く。
「ゴーカートで競争だぜ! 俺っちのモテモテドライビングテクニックを魅せてやるぜ!」
古堂も中学生と同レベルではしゃぐ。
「負けないっすよ! 永遠のライバルっすから!」
オレも負けじとはしゃぐ。
「あ、あの。わたし、お化け屋敷に入りたいのですが」
引っ込み思案の琴音が小さく挙手して、珍しく希望を口にした。
「い、いいな? 皆一緒だからな?」
「い、いいわよ? 逸れないように手を繋いでね?」
オレも桃花も、顔を青くしながら快諾した。
「観覧車に乗りますわよ! 私の隣に座っていいのは、桃花ちゃんだけでしてよ!」
ストーカーも混じって、もとい、皐月も一緒に観覧車を目指す。
悪い人じゃない、どころか正義の味方みたいな人だ。見守るタイプだから、邪険にする必要もない。
◇
アトラクションを一通り楽しんだ。
キッチンカーでソフトクリームを買って、青縞のパラソル付きの白い丸テーブルを囲む。皐月だけ立って、四人は白い丸イスに座る。
通りすがる人たちが、こっちを何度見もする。
皐月は超有名人だ。全国でもトップクラスの魔狩、ランクSSSの『ウォリア』だ。
頻繁に『魔狩通信』に載るし、ときには表紙だって飾る。
ときには『最強の魔狩』と呼ばれる。
最強の魔狩の一人、とでも呼ぶべきか。
ウォリアとかスナイプとかウィッチとか、強さの方向性が違うから、クラスごとに最強がいて然るべきである。同じクラスでも強みが違ったり諸説あったりで、『最強』は実際に何十人もいる。
大きなハンマー『ディメンションクラッシャー』が目立つのもある。大きなヘッドに彫られた女神が本当に素晴らしい。
本人がナイスバディの美女、ってのがトドメだ。胸が大きく腰が細くて、スリムで背が高くて、写真映えが凄まじい。
「っ?!」
前触れもなく、空気が変わった。
「桃花ちゃんとの楽しい楽しいデートですのに、無粋ですこと」
皐月が不敵に微笑んで、手にあるソフトクリームを空高くへと放り投げた。
◇
皐月が消える。直前までいた場所に、もういない。
この世界から、狭間と呼ばれる世界に引き込まれたのだ。そこは、黒と白と灰色の世界だ。狭魔と恐れられるモンスターと、引き込まれた人間との、命懸けの戦いの場だ。
空気がビリビリと震える。楽しい遊園地に、誰もが不安げにキョロキョロする。
オレが知る『いつも』とは違う。
オレは、この世界から狭間が見える能力持ちの魔狩だから、見えるし、理由が分かる。
狭魔は強い人間と戦うために狭間に魔狩を引き込む、と考えられている。強すぎる狭魔に襲われることは基本的にないし、狭間の時間制限もあって、狭魔に殺される人間は少ない。
ただし、例外がある。『最強の魔狩』と呼ばれる人たちである。
人間として最も強い。だから、一定以上の強さ、とても強い、意味不明に強い、強さの概念を超越した、みたいな狭魔を全て相手にしなければならないのだ。
強さの上限すら不明な狭魔に襲われる。手に負えない凶悪な狭魔が出没すれば倒しに出向く。
いつ死んでも不思議じゃないし、それでも生きている。それこそが『最強』である。
◇
灰色の空の下、灰色の砂漠に、黒く巨大な狭魔がいる。
山と見紛う、『巨大』よりも大きな表現を模索したくなる、異様な大きさである。真っ黒な長い毛に覆われてるような、毛の塊のような、姿を正確に認識できない。
おかシイ。見てるだケデ狂う。現実感ガブれる。
「人の世界にまで悪影響を及ぼす強さ。納得ですわ。この私が、突然に呼び戻されるわけですわね」
皐月が大きなハンマーを両手で握る。重いヘッドを感じさせない軽快さで、バトンみたいにクルクルと回す。
赤い髪と薄紫のドレスが揺れる。スローなダンスを踊るように、ナイスバディが優美なステップを踏む。
「グ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ」
異様な咆哮に狭間がガタガタとブレて、巨大な毛玉が巨大に裂けた。漫然と、皐月に襲いかかった。裂け目に巨大な歯が並び、砂漠の砂ごと食い潰そうと、巨大に降り落ちてきた。
皐月は回していたハンマーを強く握り、右肩に振りかぶる。一歩踏み出し、灰色の砂漠を踏みしめ、全身に力を漲らせて、前のめりに振りおろす。
「必! 殺!」
灰色の狭間に、白い亀裂が走った。こっちの世界にまで、ビシビシッと断裂音が聞こえた。
「ディメンション!」
ハンマーが触れることなく、巨大な毛玉が、頭を押された饅頭みたいに歪み、潰れる。開いた大口が強制的に閉じられて、巨大な歯列が圧壊する。
そのハンマーは、空間そのものを叩き潰す。
「クラッシュ!!!」
最期は、風船が破裂するみたいに一瞬だった。灰色の砂漠が波打ち、灰色の砂が無数に舞いあがった。
◇
皐月が再び、遊園地の雑踏を背景に、桃花の背後に佇む。優美な微笑で、落ちてきた小石をキャッチする。
狭魔を倒すと、消えて小石に変わる。
同じく落ちてきたソフトクリームは、皐月の大きな胸にベチャッと落着した。胸の谷間に嵌まって、白く溶けて、とどまった。
「私、ギルドに報告に戻らないといけませんわ。名残惜しいですが、本日はここでお別れですわ」
皐月が大袈裟に、切れ長の目の端から涙滴を零す。
「はいはい。お疲れ様」
桃花が興味なさげに、素っ気なく返した。
「冷たい! 好き! また会いましょう!」
皐月はそのまま踵を返し、雑踏の中へとモデル歩きで消えていった。通りすがる人たちが、何度見もしていた。
あれが、斎賀 皐月だ。全国でもトップクラスの、最強の魔狩の一人だ。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第17話 EP3-2 最強の実力/END