この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
小石が駐車場の床に落ちて、コツン、と硬く鳴った。パキンッ、と高い音で砕けた。
半地下駐車場の暗がりに、桃花がいる。狭間から戻って、オレは背後にいるから背中しか見えないけど、服が破れてしまっている。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。
普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる。一応、駆け出しの魔狩である。
「桃花。ほい、Tシャツ」
オレは、オレの予備のTシャツを桃花に放った。さすがに上半身がほぼ裸は恥ずかしいだろう。
「ありがと」
桃花が受け取って、素早く着る。
「何これっ!? ダサっ?!」
「ダサく無ぇし。流行りのダサTだし」
「やっぱダサいんじゃん!」
お気に入りをダサいと怒られた。ちょっとショックだ。
◇
ヒュン、と風切り音が鳴る。
桃花が大剣を握って、革鞘で受けた。パァンッ!と派手な破裂音がした。
「えっ!?」
桃花の華奢な体は、秋葉先生が振った鞭の衝撃に、間抜けな声で跳ね飛ばされた。
打球の速度で、鋭角に床にぶつかる。鋭角に跳ね返ってグルグル回りながら、全身を捻って両手両足で着地する。スニーカーの靴底で、白い煙を出しながら急ブレーキをかける。
空中での制動がネコだ。着地も威嚇するネコだ。
「アタシのこと価値ないとか言っといて、アンタだって『ウォリア』じゃん!」
桃花が威嚇するネコのポーズで、秋葉先生に抗議した。
「実行部隊だって必要でしょ!」
秋葉先生が、気にしてる口調で抗議し返した。
あの桃花を跳ね飛ばすとは、なかなかのパワーだ。力の収束がしやすい鞭を武器としてるのも、知性が感じられてポイント高い。パワフル、インテリ、セクシー。
「それを、どいつもこいつも、『これからは狭聖様の時代』って! 何が、『単純な戦闘系の魔狩は狭聖様の下位互換』よ?! 対話の時間すら碌に確保できない存在に、私が劣るっての!?」
魂の叫びだ。
「アンタの事情なんて、知ったこっちゃないわよ!」
桃花が叫び返した。本質であり、全てだった。
◇
「そう、そうよ、それより、そんなことより。どうして、『上禍』に殺されてないのよ? だって、『上禍』、『上禍』よ?」
秋葉先生が動揺する。
無理もない。桃花を『ランクAの魔狩』としか認識できていないのだから。
「それこそ、知ったこっちゃないわよ。研究部門ってのが見栄を張ったのか、アタシが強すぎたんじゃないの?」
桃花が、威嚇するネコのポーズから立ちあがる。短いスカートの砂埃を叩き落とす。
秋葉先生の戦意は折れる寸前に見える。ダメ押しを狙って、オレが続く。
「きっと分からないっすよ。巨乳の秋葉先生には、貧乳の桃ぱがっ?!」
桃花の裏拳がオレの顔面に入った。痛みに顔を抑えて蹲った。
謂れのない暴力がオレを襲う。稀によくある。
桃花がドヤ顔で引き継ぐ。
「まだ続ける? 結果は見えたと思うけど?」
こいつはいつもこうだ。もうちょっと穏便にできないのか。
「私はっ! 私は、私が有能だって示さないといけないの! 皆に、認めさせないと……」
秋葉先生の声が、小さくなっていく。
本人も、勝ち目がないと分かっている。負けられないけれど、負けを認められないけれど、負けを察している。
もはや、勝敗は決した。
◇
秋葉先生が、オレたちを見る。動揺に瞳が震える。
「……くっ」
背中を見せて、駐車場の奥へと駆け出した。
「秋葉先生!」
オレは、慌てて声をかけた。
巨乳がブラウスのボタンを千切りそうな勢いで、ほんの僅か、足をとめて振り返る。そこを狙って、言葉を続ける。
「えっと、『自分の能力は自分で認めなさい』って桃花がたまに言うっす」
ダサTの肩に軽く手を置くと、桃花が照れて赤面した。チョロい。
秋葉先生は何かを言いたげにして、何も答えずに、また駆け出した。長い脚で、あっと言う間に暗がりに消えていった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第23話 EP4-6 気難しいお年頃/END