この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
琴音と麗美に同行して、放課後に直行で魔狩ギルドまで来てしまった。あの人間関係を目の当たりにして、放置はできなかった。
もちろん、桃花もいる。
「今回の作戦を、説明させていただきます」
魔狩ギルド一階奥の応接室で、低いガラステーブルに作戦書が広げられた。
琴音と麗美の対面のソファに座るのは、黒髪をきつく纏め、金縁の三角メガネをかけたオバ……年長のオネエサン受付嬢だ。
琴音と麗美は、二人掛けのソファに並んで座る。
琴音は麗美からなるべく離れようとソファの端に座り、横に立つ桃花の手を握る。
なんか、その、難解な光景だ。
◇
年長のオネエサン受付嬢が、作戦書を捲って続ける。
「真奉さんと小織さん。『ウィッチ』のお二人に、魔力体の狭魔の討伐をお願いしたい、と考えています」
魔力体の狭魔とは、魔力体の狭魔である。
実体が魔力で、魔力による干渉でしか倒せない。しかも、それ自体が魔法を使う。
基本的に『攻撃魔法の撃ち合いで勝つ』が討伐方法、と考えると分かりやすいだろうか。
狭間も狭魔も、謎が多い。分かってることなんて、ほとんどない。
「そのために呼ばれてまいりました。謹んで、お受けいたします」
麗美が淡白に答えた。
「琴音御姉様も、異存はございませんね?」
さらに、迫るように琴音に身を寄せ、肩の上にまで顔を近づける。
「ひっ、ひぃぃぃ~?! 麗美ちゃん! 近い、近いです!」
琴音がナチュラルに、小さく悲鳴をあげた。
パニクってる琴音に代わって、桃花が聞く。
「別の区域から助っ人を呼んだり、それが琴音の訓練所でのパートナーだったり。面倒な段取りをする理由って、何かあるの?」
桃花は大人相手でも譲歩がない。
受付嬢が、金縁の三角メガネを指先でクイッとかけなおす。
作戦書を捲る。
「この狭魔、コードネーム『キューブ』は、複数の属性を持ちます。同時に複数ではなく、複数の属性を任意に切り替えられる、と推測されます」
特殊な狭魔だ。魔力体自体は珍しくない。複数属性持ちは珍しい。
特殊な狭魔なら、オレには観察依頼があるだろう。興味を惹かれて、上から覗き込んだ。
◇
「お一人目は、ランクSの『ウィザード』でした。属性の切り替えに、全く対応できませんでした」
攻撃魔法を使える男が『ウィザード』。『ウィッチ』の男版である。
第一次討伐作戦の報告書のページが捲られた。
「二回目は、異なる属性のランクS『ウィッチ』『ウィザード』ペアでした。魔法のタイミングを合わせきれず、こちらも討伐に至りませんでした。『キューブ』は秒単位で属性を切り替える、との報告も受けています」
第二次討伐作戦の報告書のページが捲られた。
魔法は『呪文を詠唱→魔法の発動→対象に到達』と段階を踏む。魔法ごとに、人ごとに、各所要時間は違う。
二人同時に、異なる魔法を、一秒のズレもなく着弾させる、なんて普通に考えて至難の業だ。
「今回、第三次討伐作戦は、慎重に検討を重ね、準備を整えました。相反する属性の、お互いをよく知る、ランクS相当の力量を持つお二人の『ウィッチ』。それが、真奉さんと小織さんです」
第三次討伐作戦のページが、二人の前に差し出された。
「わたくしと琴音御姉様なら、容易いことです。琴音御姉様も、そう思いますよね?」
麗美が迫るように琴音に身を寄せ、肩の上にまで顔を近づけた。
「ひっ、ひぃぃぃ~?! 麗美ちゃん! 近い、近いです!」
琴音がナチュラルに、小さく悲鳴をあげる。麗美から逃げようとソファから身を乗り出し、落ちそうになるのを桃花が支える。
なんか、その、難解な光景だ。
◇
魔狩ギルドの古ぼけたビルを出る。真新しいビル街の真ん中にある。
ビル街の夕刻にも、セミの声が聞こえる。夕刻ったって、明るいし暑い。
雑踏の流れの中を、四人並んで歩く。澄まし顔の麗美に気後れして、喋りづらい。
仕方なく、オレが明るい声で提案する。
「関係がギクシャクしてると、息も合わないよな。親睦を深めるために、今から桃花の家にでも集まるか」
「いいわよ。ジュースとお菓子くらい出すわよ」
桃花も乗り気で同意した。
「ギクシャクなんてしておりません! 親睦なぞ深めずとも! わたくしと琴音御姉様は、血よりも強い絆で結ばれていますの!」
麗美が興奮した口調で、オレに反論した。
オレはビックリした。ずっと冷淡だったのに、唐突に熱くなった。
「あ、いえ、転入に伴う色々がありますので、遠慮させていただきます。少し、興奮してしまいました。申し訳ありません」
麗美が赤面して、丁寧に頭をさげた。
ビックリした。
琴音と麗美が不仲ではない、と分かった。友情が重い感じなのだな、とオレは安心した。
これなら、狭魔相手に後れを取ることもないだろう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第25話 EP5-2 魔力体の狭魔/END