この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
夏の盛りの日曜の昼間に、山の中の荒れ果てた神社にいる。
セミの煩い木々に囲まれて、小さな広場がある。広場は草ボウボウで、たぶん鳥居だった残骸と、たぶん何かだった岩の土台が幾つか残る。
荒れ果てすぎて、言われないと神社と分からない。ただ、不気味な雰囲気だけはある。
周りでは、魔狩ギルドの職員がテントを設営したりしてる。狭魔討伐のバックアップをしてくれる。
今回は、オレは特殊な魔力体狭魔の観察役だ。普段着のTシャツジーパンスニーカーで来た。
「お待たせして、ごめんなさい。着替えに手間取ってしまいました」
琴音が、崩れた土の階段をあがってきた。
真奉 琴音は、魔狩である。
クラスメートで、銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、小柄で胸が大きい。灰色の三つ編みを解いて、白銀の長い髪をしている。
レースやフリルをふんだんに使った白銀の、魔法少女みたいな衣装を纏う。レースの手袋の手には、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖を握る。
琴音の真の姿、魔法少女スタイルである。
「こっちはいつでもいいってさ!」
ギルド職員を手伝っていた桃花が、大きく手を振った。
絢染 桃花は魔狩である。十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。オレの幼馴染みで、クラスメートで隣の席である。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカーだ。腰には、両刃の大剣を納めた茶色の大きな革鞘だ。
「琴音御姉様! キビキビ行動してくださいませ!」
麗美の淡白な呼び声が聞こえた。
◇
魔女みたいな黒いローブで、頭から全身をスッポリと覆った人がいる。手には、コブだらけの古木の杖を握る。
古き良き魔女スタイルだ。お爺ちゃんお婆ちゃんが好きな時代劇で見る、昔の地味な『ウィッチ』のステレオタイプだ。
ローブのフードの開きから、顔を確認する。
「れれっ、麗美ちゃん。ごっ、ごめんなさい」
琴音が怯えた瞳で、ナチュラルにオドオドした。
古い魔女スタイルは、やっぱり、麗美だった。
小織 麗美は魔狩である。十四歳の中学生で、冷たい雰囲気の美少女である。青く透き通るサラサラストレートヘアで、目つき鋭く無表情で、着飾ったドールみたいなカワイさもある。
だったはずだが、後ろで結んだ髪は、くすんだ水色のボサボサになっている。
琴音にしても麗美にしても、『ウィッチ』の髪はどうなっているのだろうか。
「琴音御姉様! まだそんな浮ついた格好をなさって! 魔女たるものは!」
「ひっ、ひぃぃぃ~」
唐突に始まった麗美のウィッチ論に、琴音はオレの背中に隠れる。自信に溢れる真の姿の琴音を怯えさせるとは、妹弟子恐るべし。
「まぁまぁ。皆を待たせるのも悪いから、ちゃっちゃと狭魔を倒しちまおうぜ?」
オレは麗美を宥めて、話を逸らすことにした。仲裁とかそういうのは、苦手だ。
◇
廃墟と化した不気味な神社に、琴音と麗美が肩を並べる。
「始めます、琴音御姉様」
麗美が淡白に、でも少し嬉しげに、琴音に声をかけた。
左手の人差し指に、鉄の指輪を嵌めた。黒い魔女ローブから素肌の細い腕を伸ばし、左手を高く掲げた。
見た目は、ゴテゴテしたオモチャの指輪である。狭魔を呼び寄せる魔法品で、『刻印』と呼ばれる。
琴音は、魔法少女スタイルになると、雰囲気が変わる。内気なオドオドではなくなる。堂々と前を向き、大きな胸を張る。
「麗美ちゃん! よろしくお願いします!」
琴音も指輪を嵌めた。白銀の長い髪を揺らし、左手を高く掲げた。
前触れもなく、空気が変わった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第26話 EP5-3 琴音と麗美/END