この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
前触れもなく、空気が変わった。
廃墟と化した不気味な神社から、琴音と麗美が消えた。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
この世界から狭間が見える特殊能力を持つ。だから、見える。
白い平原に、琴音と麗美が肩を並べる。
白い空から、雪みたいな白い粒がチラチラと降る。
夏の盛りだというのに、真冬のような景色の狭間だ。
魔力体の狭魔は、コードネーム『キューブ』のままに立方体である。人間より一回り大きい程度で、白い地面から浮いて、半透明で、油膜めいて色が動く。
見た感じ、無機物にしか見えない。いや、まぁ、狭魔が有機物かと問われると困ってしまうけれど。命とか意思とか感情とかがあるようには見えない、とするべきか。
◇
琴音が、赤いハートと白い翼の杖を、レースの手袋の手に、大きな胸の高さに構える。
「赤き舌、舐め、削ぎ、這い、灰」
麗美が、コブだらけの古木の杖を、黒ローブのフードの高さに構える。
「鋭利なる冷気よ! 我が敵を縛り!」
魔法の詠唱が始まった。二人ともに、高く澄んで可憐な声だ。
キューブの姿が揺らいで、炎となった。その手前に、赤い魔力が集い始めた。
キューブは、複数の属性を持つ。複数の属性を任意に、秒単位で切り替えられる。
だから、琴音と麗美が選ばれた。
「一筋の黒き道を! フレイムタン!」
「貫きなさい! アイス! ジャベリン!」
魔法の詠唱が、ほぼ同時に完了した。ほぼ同時に、炎の魔法と氷の魔法が発動した。
赤い炎がキューブに向けて、白い平原に炎の道を描く。
氷の槍が三本、キューブに向けて飛ぶ。
キューブが放った火球とぶつかって、氷の槍が二本消えた。火球は飛散して、火の粉となった。
琴音の炎がキューブを捉えた。しかし、一瞬で消えた。炎となったキューブに炎は効かない。
僅かに遅れて、氷の槍がキューブに突き刺さる。キューブはすでに、氷になっている。氷に氷は効かない。
◇
惜しい。ちょっとだけタイミングがズレた。
琴音は炎の攻撃魔法を得意とする。
麗美は氷の攻撃魔法を得意とする。
相反する属性の炎と氷を、同時にキューブに当てる。これなら、属性を切り替えるキューブも成す術はない。という作戦である。
二人ならきっと、完璧にタイミングを合わせられる。一緒に訓練を積んで、互いをよく知る。
「琴音御姉様はバーストを! わたくしが合わせます!」
麗美が楽しげに声をかけた。
応えて、琴音も楽しげに微笑する。
「生まれ、燃え、橙、弾け」
氷のキューブが、氷の飛礫を無数に飛ばした。
「アイスウォール!」
麗美が氷の壁をそそり立てた。飛礫を遮って、バチバチと無数の衝突音が鳴って、崩れ落ちた。
僅かも淀まず、次の詠唱に継ぐ。
「凍える塵よ! 身を寄せ合い!」
「凍れ! 集え! アイスロック!」
「呑み込め! バースト!」
魔法の詠唱が、ほぼ同時に完了した。ほぼ同時に、炎の魔法と氷の魔法が発動した。
キューブが炎となった。
炎のキューブに、琴音の火球と麗美の氷塊が、同時にぶつかった。
炎となったキューブに炎は効かない。氷塊が、炎のキューブを半分削った。
キューブは倒れるように傾き、踏みとどまるように震える。なぜだか、顔なんてないのに、感情があるかも分からないのに、楽しげに笑っているようにも見える。
惜しい! キューブを倒すには、少しダメージが足りない。でも、次の攻撃で終わりだ!
「膨らみ、灼け、赤白、珠玉」
琴音が、いよいよ楽しげに微笑む。
澄んだ高い声で、白銀の長い髪が薄らと輝く。白銀の魔法少女衣装まで、光を反射してキラキラと輝く。
「凍てつく刻よ! 静かなる流れよ!」
麗美も満面の笑顔で、詠唱を重ねる。
琴音から溢れる赤い魔力と、麗美から溢れる白い魔力が、触れ合い、混じり、渦を巻く。
「えっ!? 熱っ!?」
麗美が悲鳴を呻いた。黒ローブの上から腕を押さえて、草ボウボウの広場を転がった。
廃墟と化した不気味な神社に、琴音も麗美も戻っていた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第27話 EP5-4 ダブルウィッチ/END