この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
白い狭間から荒れ果てた神社へと、琴音と麗美が戻った。
オレは、呻く麗美に駆け寄ろうとして、躊躇った。
麗美が、黒ローブの下に何も着てない感じの手足の見え方だったからだ。
ウィッチのガチ勢には魔力の下がる衣服を嫌う派閥がある、と聞いたことがある。いかにもガチ勢らしき麗美なら、何も着てない可能性があってもおかしくない。
いや、ローブを着てるから何も着てないわけじゃない。でも、負傷の有無を確かめようとしたら、ローブの下が見えてしまうじゃないか。
「勇斗は琴音の方に行って。こっちはアタシが見るから」
麗美に駆け寄った桃花に、野良犬でも追い払うように手を振られた。確定っぽい。
「よし! 任せた!」
オレは慌てて、その場を離れた。
◇
魔狩ギルドの会議室で、昼食の仕出し弁当をご馳走になる。麗美の治療も終わって、私服に着替えて、四人揃う。
ウィッチガチ勢の麗美も、私服はカワイイ系で、青く透き通るサラサラストレートヘアの美少女だ。腕の包帯だけが痛々しい。
「麗美ちゃん……ごめんなさい……」
琴音は責任を感じて、しょんぼり項垂れる。
「全ては、わたくしの未熟が原因です。琴音御姉様は悪くございません。それに、魔狩をしていれば、怪我なんて日常茶飯事でしてよ」
麗美は琴音を気遣って、気丈に振る舞う。実際、腕の軽い火傷で済んでいる。
同じ会議室で、ギルド職員が今後の対応を協議する。
必勝を期した策が敗れて、再戦するか、別の策を練るか、根本から考えなおすか、判断が難しいところだろう。
◇
「遠見君。戦闘が終わったタイミングについて、君の意見を聞きたい。構わないか?」
会議中の片桐に声をかけられた。
片桐は、魔狩ギルドの、この区域の担当責任者だ。黒いスーツ姿の、親よりも年上くらいのオッサンだ。背が高く痩せ型で、サングラスと整った髭と、左瞼の縦の傷痕が特徴的な、哀愁漂う渋さだ。
「あ、はい。いいっすよ」
オレは、昼食を中断して立ちあがった。
キューブとの戦闘の、見たまま全ては報告済みだ。実際に戦闘した人よりも、横から傍観した方が見えるものも多い。
「えっと、あれは、倒せてないと思うっす」
狭魔を倒したときの小石は見つかってない。荒れ放題の山の中に落ちて行方不明、ってこともないと思う。
「時間切れか、或いは、ちょっと説明が難しいっすけど、なんだかいつもの感じじゃなかったっていうか」
上手く説明できない。なんというか、見たことない状況だった。
「あれは」
麗美が、唐突に声をあげた。続きを、口籠もった。
意を決した顔で立ちあがった。
「あれは、『刻印』の条件を外れてしまいましたの」
確信の口調で答えた。麗美には、理由が分かっているようだった。
◇
麗美が逡巡する。揺れる心のままに、可憐な口を開く。
「わたくししか知らない琴音御姉様の秘密なので、本当は教えたくございませんけれど。琴音御姉様は、精神状態で力量が上下なさいますの」
「そうなんだ? 琴音とは何度か共闘したけど、知らなかったわ」
桃花がデリカシー皆無に口を挿んだ。麗美に嫉妬の眼光で睨まれた。
「琴音御姉様は聖女のようにお優しい方なので、無意識に相手の力量に合わせていらっしゃるのだと思います」
「……えっ?!」
ベタ褒めされて、琴音が照れて赤面した。赤い顔を両手で覆った。
「ですから、キューブとの戦闘中に気分が高揚して、本来の力量に近づいて。わたくしと琴音御姉様の力量差が、『刻印』の許容を越えたのでしょう」
麗美が、少し悲しげに締め括った。
憧れ追い駆ける先輩に、全く追いつけていなかった。どころか、先輩は後輩を気遣って手加減してくれていた。
って感じか。
◇
「もう、あの神社を立ち入り禁止にして、放置すれば?」
桃花が面倒そうに、無責任な発言をした。
無責任だが、的外れじゃない。
そもそも、『魔法を使う魔法しか効かない狭魔』なんて、もっと被害が出まくる危険な敵のはずだ。
魔力体の狭魔がそうならないのには、二つの理由がある。
一つは、なぜか魔力体の狭魔は、魔法を使えるタイプの魔狩しか引き込まない。
狭魔は強い人間を選んで狭間に引き込む、に通じるところだ。
もう一つは、不動。魔力体の狭魔は、理由は分からないけれど、その場から移動しない。理由は、もう全然、分からない。
「うむ。次の作戦の決行に漕ぎつけるまで、そうするしかあるまい」
片桐が、已む無しと苦渋の顔で同意した。
「まっ、待ってください」
琴音が、慌てて声をあげた。
ギルド職員たちがザワつく。琴音に注目する。
琴音は集中する視線に耐えかね、オドオドする。テンパって、パニック寸前になる。
「琴音御姉様」
麗美が琴音の手を握った。
「誰もが琴音御姉様を否定しても、嘲笑しても、わたくしだけは賛同いたします。琴音御姉様を信じて、どこまでもご一緒いたします」
「麗美ちゃん……」
琴音が、銀縁の丸メガネの奥の瞳をウルウルと潤ませた。
オレや桃花の出る幕はなさそうだ。むしろ、姉妹弟子って関係が羨ましいくらいだ。
◇
琴音が立ちあがった。麗美の手を握ったまま、大きな胸を張り、堂々と口を開いた。
「わたしに、もう一度、キューブと戦う機会をください!」
いつもと雰囲気が違う。引っ込み思案で内気な人見知りじゃない。
真奉 琴音は、姉弟子である。
妹弟子の前で無様を晒すわけがない。妹弟子の前では、最強の姉弟子である。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第28話 EP5-5 姉弟子と妹弟子/END