この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「琴音御姉様、声を出して! イチ、ニッ、イチ、ニッ!」
体操服の琴音と麗美が、放課後にグラウンドの隅を走る。
麗美は元気いっぱいに前を行き、琴音は今にも倒れそうにフラフラと追う。
「ひぃっ、いちっ……にぃっ……。ふぅっ、いちっ……にぃっ……」
美少女転入生の麗美は、青く透き通るサラサラストレートヘアが風に靡いて、汗がキラキラと輝く。琴音は、フラつく一歩ごとに大きな胸が揺れる。
放課後だというのに、ギャラリーの生徒が多い。男子が多めか。
オレは、ほら、関係者だから。友だちだから。
「一週間後に再戦なのに、今さら走り込みして意味ないと思うけど」
桃花も、怪訝と二人を眺める。
「そもそも、狭魔が笑ってた、って何なのよ?」
「桃花も、コイツとは正々堂々と全力で戦ってみたい、って思うことあるだろ?」
オレは、全てを理解した顔で答えた。
「勇斗は、そういうことあるんだ?」
桃花が怪訝そうに聞いた。
「あるわけないだろ? オレが負けるじゃん」
オレは、当然と否定した。
「だと思った」
桃花が納得顔で頷いた。
「ほら、あれだよ。長年の悲願が叶うとか、生涯のライバルに出会うとか。それを喜んで笑う感じ」
オレはドヤ顔で解説した。
琴音&麗美対キューブを見ていて、そんな気がした。気がしただけで、気のせいかも知れないし、考えすぎかも知れない。
「勇斗は兎も角。実際に戦った琴音が言うなら、信じるしかないか」
桃花が納得した。
「オレも、そう思う」
オレも納得した。琴音本人が望むなら、外野が反対する意味はない。
「琴音御姉様! ほらっ、もっと声を出して! イチ、ニッ、イチ、ニッ!」
「ひっ、ひぃぃぃ~。ひぃっ、麗美ちゃっ、ふぅっ、ちょっ、ちょっと、待っ……」
琴音がいよいよ、倒れそうにフラフラと走る。
……やっぱり、不安だ。
◇
一週間が、あっと言う間に過ぎた。
夏の盛りの日曜の昼間に、山の中の荒れ果てた神社にいる。
セミの煩い木々に囲まれて、草ボウボウの小さな広場がある。たぶん鳥居だった残骸と、たぶん何かだった岩の土台が幾つか残る。
琴音は、麗美のコーディネイトで、灰色の長い髪を三つ編みにして、魔女みたいな黒いローブで全身を覆う。意気消沈の底みたいな淀んだ目で俯く。
「この先は、琴音御姉様の戦いです。琴音御姉様のお好きになさってください」
麗美の激励に送り出されて、琴音がトボトボと広場の中央に向かう。
「ちょっと、琴音、大丈夫なの?」
桃花が不安げに聞いた。
オレも、不安だ。確か、琴音は気分が高揚したら強くなる、って話じゃなかったっけ?
「この一週間、琴音御姉様のお家に、お泊まりさせていただきました」
麗美が誇らしげに答える。
「毎日のランニング。厳しく栄養管理。おフロでは洗い方まで逐一指示を出し、ベッドもご一緒いたしました」
「拷問ね? それでドン底の気分なのね。ダメじゃない?」
桃花がドン引きした。
しかし、麗美は自信の笑みを浮かべる。
「そして今こそ! 琴音御姉様は! 全ての抑圧から解放されますの!」
草ボウボウの広場の中心で、琴音が麗美に向いた。謝るように、勢いよく頭をさげた。
勢いよく頭をあげた琴音が、全開で微笑して、魔女の黒ローブを脱ぎ捨てる。下にはもちろん、レースやフリルをふんだんに使った白銀の、魔法少女みたいな衣装を纏う。
灰色の長い髪の、固い三つ編みを解く。灰色が、白銀の髪色へと変わる。
レースの手袋の手に、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖を掲げる。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
琴音から、熱風が吹き荒れた。
違う、こっちの世界には吹き荒れない。狭間に吹き荒れた。熱風を錯覚するほどの迫力だった。
白い平原みたいな狭間に、全開の微笑の琴音が、魔力体の狭魔『キューブ』と対峙する。
白い空から、雪みたいな白い粒がチラチラと降る。
キューブも、歓喜するみたいに揺れた。半透明の立方体から、ゴツゴツした氷の塊に替わった。
炎の魔法を得意とする琴音を前に、一方的に勝てる炎にならなかった。相反する氷になった。理由も意味も、きっとキューブそれ自体にしか分からない。
キューブの前には、白い魔力が集まり始める。
「膨らみ、灼け、赤白、珠玉」
琴音が、澄んだ高い声で詠唱する。白銀の長い髪が薄らと輝く。白銀の魔法少女衣装まで、光を反射してキラキラと輝く。
「一切、爆ぜよ! メガバースト!」
琴音の杖から、巨大な火球が放たれた。
氷のキューブから、巨大な氷球が転がった。
火球と氷球が互いの中央でぶつかる。相殺し、大量の水蒸気を噴き出す。相殺から溢れて、キューブ側は燃えあがり、琴音側は氷結する。
氷のキューブは炎に包まれた。琴音は、氷に閉じ込められた。
◇
氷のキューブは燃えながら、さらなる白い魔力を集める。さっきよりも大きく、さっきよりも冷たく見える。
燃える平原が凍りつく。炎すら氷の柱となって、氷樹の林みたいに並び立つ。
琴音がそうであるように、コイツも気分で強くなるのか? 意思や感情があるかも分からない相手に、そんなバカげた妄想が頭を過ぎる。
「……、……、……、……、……、……」
琴音が閉じ込められた氷から、微かに音が聞こえる。
赤い魔力が溢れる。溶け、ヒビが入る。燃えあがる。
氷結した平原が燃えあがる。氷の柱すら燃えて、炎の林みたいに狭間を覆う。
氷のキューブから、吹雪が噴き出した。生きものめいてウネって、形を成して、風雪の龍となった。
「希望、無苦、万物、捨てよ、鳳!炎!華!」
琴音から、赤い魔力が、巨大な鳳の姿で昇る。羽ばたくように、抱擁するように、巨大な炎の翼が風雪の龍を、空間を包む。
白い狭間が炎に染まった。炎の粒が、チラチラと降っていた。
◇
荒れ果てた神社で、空から落ちてくる小石を琴音が両手で受けとめる。聖女のように優しく、大きな胸に抱きしめる。
オレは、知ってるつもりで知らなかった。きっと、麗美だけが知っていた。
琴音は、魔狩である。攻撃魔法を使える『ウィッチ』である。なんて紹介では生温い。
琴音は、最強の魔法少女である。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第29話 EP5-6 琴音は最強の魔法少女である/END