この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「おはよ、勇斗!」
「おう。おはよう、桃花」
いつものように、オレと桃花は同じタイミングで家を出る。いつものように、肩を並べて登校する。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。一応、駆け出しの魔狩である。
「見たぜ、『魔狩通信』。桃花って、写真写りいいよな」
「ちょっと、勇斗ってば、正直なんだから!」
桃花が照れて、オレの背中を強く叩いた。
絢染 桃花は魔狩である。十四歳の中学生で、オレの幼馴染みで、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
中学生の登校風景だから、制服を着ている。男子は黒の学生服、女子は赤いスカーフのセーラー服である。
一般人は廉価品の剣、オレは廉価品の長剣、桃花はオーダーメイドの両刃の大剣を腰にさげる。
◇
いつものように校門を通って、校舎に入って、下駄箱の前に立つ。まだ背中がヒリヒリする。
他の生徒たちの視線が集中する。ちょっと緊張する。
当然ながら、視線が集中するのはオレではない。魔狩通信の誌面にデビューを果たした、将来有望な若き魔狩、桃花だ。
オレはただの巻き添えだけど、緊張はする。
当の桃花は平然としてる。人の視線には慣れている、とばかりに見向きもしない。
桃花は以前から、視線を向けられることが多かった。魔狩の中でも高い身体能力、特に筋力、特に腕力を誇る『ウォリア』として、恐怖の対象として、だ。
それが今や、熱い眼差しが集まる。羨望、尊敬、憧れ、好奇、興味。およそプラス方向の感情である。
これまでのマイナス感情が反転したのだから、もっと喜べばいいのに。と、幼馴染み的には思う。
「……えっ?!」
下駄箱を開けた桃花がビックリした。
照れ笑うような、見下すような、ドヤ顔でオレに向いた。手には、数通の封書を持っていた。
「桃花! まさか、それって、ラブレターか?!」
オレもビックリした。
ピンク色系のカワイイ封筒で、キュートに装飾されて、見るからにラブレターだ。
◇
「あっ、あのっ! おはようございます、遠見君! 絢染さん!」
琴音が、勇気を振り絞ったような赤い顔で、オレたちに勢いよく頭をさげた。
真奉 琴音は、魔狩である。十四歳の中学生で、銀縁の丸メガネをかけたメガネ女子で、灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい。
腰に、赤いハートと白い翼で飾られた片手サイズの杖をさげる。
「おう。おはよう、真奉さん」
「おはよ、琴音」
オレも桃花も軽く挨拶を返した。
「まっ、『魔狩通信』! 拝見しました! 絢染さんはっ、ほっ、本当に凄いです!」
琴音が、目を逸らし気味に、オドオドした口調で、興奮に頬を紅潮させて、桃花を絶賛した。
桃花は調子に乗って、上から目線で踏ん反り返る。
「そんな大袈裟な、アタシなんて最強の人のオマケよ。それに、琴音だってアタシと同等くらいあるんだから、すぐよ」
「えっ、そ、そんなっ。わたしなんて」
琴音の顔色が、青へと急変する。銀縁の丸メガネの奥の円らな瞳が、思考を放棄した虚ろになる。
「わたしなんて、麗美ちゃんが一週間もお泊まりして、ようやくですし……ダメです、麗美ちゃん、それ以上はダメ、ひぃっ」
ナチュラルに、小さく悲鳴を漏らした。トラウマにでも触ってしまったらしい。
◇
これ以上は傷口を抉らないように、話題を戻そう。
「それより、桃花。そのラブレターの束だけどよ」
オレは、明確な違和感を抱いて、指摘した。
「これがどうかしたの? はっはぁ~ん。勇斗ってば、羨ましい?、嫉妬した?」
桃花が圧倒的上位種のゲスい笑みで、オレを見下す。超越者の余裕で、ラブレターを見せびらかす。
「いいから、読んでみろよ。名前くらい書いてあるだろ?」
オレは羨ましい、じゃなかった、桃花を急かした。
「そんなに気になるか~。仕方ないなぁ~」
桃花が上機嫌で、ニヤついて、パステルピンクの一通を選ぶ。ハートのシールの封を剥がして、ネコ柄のカワイイ便箋を取り出す。
「でも、差出人は教えないわよ。アタシはプライバシーに煩い……」
中身を読む桃花が、急に顔色を変えた。優越感の笑みから、絶望の呆然になった。
「……一年の女子からじゃん」
だと思った。明らかに、女子のラブレターだ。男子のじゃない。
「うわぁーーー!!!、いいなぁーーーおぃ!!! 羨ましいぜ! オレも女子からラブレター欲しい!」
オレは、他の生徒たちの視線もお構いなしに、羨ましさに地団駄を踏んだ。
「そうじゃないでしょ!!! こうじゃないでしょ!!!」
桃花も地団駄を踏んだ。
どうせこんなことだろうと、思った。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第33話 EP6-3 桃花は人気者/END