この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレたちの知らないところで、それは始まっていた。
◇
ビルの谷間の影の中で、二人の女が睨み合う。
「母さん、待ってよぉ。もう一度だけ、チャンスを」
一人は二十代くらいの、背が高く巨乳の女だ。
ブラウスの裾が持ちあがって、お臍が見える。短パンから、長い脚が伸びる。腰には、革のベルトで纏めた鞭をさげる。
「はぁっ、全く。何人もの子を担当してきたけど、最初から最後まで、要領の悪い子だったわねぇ」
もう一人は四十代くらいの、どこにでもいる小太りの主婦だ。
地味でゆったりした服で、肩に買い物のバッグをさげる。突き出した手には小石を摘まむ。狭魔を倒すと落ちてくる小石に似ている。
どこか近くで、キキキィーッと、けたたましいブレーキ音が響いた。
二人とも、一瞬だけ注意を向け、すぐに互いに意識を戻した。
「手のかかる子も嫌いじゃなかったけど、仕方ないのよ。せめて苦しまずに終わりなさいな」
四十代くらいの女が、どこか同情的な表情で、手にある小石を放した。
小石がアスファルトの地面に落ちて、コツン、と硬く鳴った。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
学校は休みの日だから、普段着のTシャツジーパンスニーカーだ。
「なぁ、桃花。秋葉先生を捜すなんて、やめようぜ? ただでさえ捜査協力させられてるのに、これ以上はヤバいって」
オレは困り顔で提案した。
「なによ、情報を持ってきたのは勇斗でしょ。ほんの一時間前に、この辺りで目撃されたのなら、捜すに決まってるわ」
桃花が強い口調で決意表明した。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「そりゃまぁ、そうだけどさぁ」
魔狩ギルドの古ぼけたビルを出て、真新しいビル街の、ごみごみした往来の中にいる。
夏のビル街の昼間に、人混みの喧騒と、雑踏と、セミの声が交じり合う。アスファルトとビル壁の照り返しで、暑い。
秋葉先生は、背が高く巨乳の、保健体育の臨時の女教師だった。セクシーだった。
狭聖教団については、忘れた! 思い出したくない! その話は終わり!
どこか近くで、キキキィーッと、けたたましいブレーキ音が響いた。
「事故かも? 行くわよ、勇斗!」
「おう!」
音がした方に、二人一緒に駆け出す。
事故とかの緊急時も、魔狩の能力の奮いどころだ。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
数秒だった。数秒もなかったかも知れない。
黒い狭間に、稲妻が光った。雷光が、横向きに、ジグザグに、桃花を貫通した。
……いや、貫通したように見えた。速すぎて見えなかった。弱い一般人の身体能力しかないオレに、見えるわけない。
「くぅぅ……」
桃花がアスファルトに倒れ、呻く。自身の華奢な体を両腕で抱きしめ、小刻みに震える。
「……えっ? 桃花……?」
オレは、何が何だか分からなくて、呆然と声をかけた。
桃花は応えなかった。震えながら、ただ呻いていた。
◇
オレたちの知らないところで、それは終わらなかった。
◇
ビルの谷間の影の中で、巨乳の女と四十代くらいの女が睨み合い、同時に首を傾げる。
確かに、小石がアスファルトの地面に落ちた。コツン、と硬く鳴った。
なのに、何も起きなかった。
小石は消えた。教団が『狭聖様』と崇める狭魔の呼び出しには成功したはずだ。
でも、巨乳の女は、この世界にいる。狭間に引き込まれていない。
「だからぁ、対話もマトモにできないのにぃ、協力体制なんてムリがあるでしょぉ?」
巨乳の女が困った口調で、ヤレヤレと肩を竦めた。
「……くっ」
四十代くらいの女は、たじろぎ、迷う。背中を向けて、逃げ出す。
巨乳の女は追わなかった。少し悲しげに、溜め息をつくだけだった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第34話 EP7-1 雷獣/END