この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
桃花が白い患者衣を着て、病院の白いベッドに座る。桃花にしては珍しい光景である。
ガラガラと、病室のスライドドアが勢いよく開いた。
「あっ、あああああっ! 絢染さんがっ! おお大怪我をなさったと聞いたのですがががっ!!!」
琴音が勢いよく、病室に入ってきた。
あ、いや、慌てふためいて、ドアの角にゴンッって音でおでこをぶつけた。痛そうに蹲った。
真奉 琴音は、オレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
「わざわざ様子見に来てくれたんだ? ありがと、琴音。琴音もバナナ食べる?」
桃花が嬉しげに、バナナを差し出した。
桃花は友だちが少ない。
「大したことないってさ、真奉さん。桃花はゴ……丈夫だから」
備えつけの丸イスに座るオレも、軽く答えた。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
学校は休みの日だから、普段着のTシャツジーパンスニーカーだ。
「こんなの、怪我の内に入らないわよ。もう治りかけだし、ほら」
桃花が、患者衣の裾を思いっ切り捲りあげて、お腹を見せる。
「あっ、あっ、絢染さんっ?! 見えてしまいます! 見えてしまいます!」
琴音が、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。強く目を瞑って、真っ赤な顔を両手で覆った。
桃花は人付き合いの距離感がおかしい。
◇
オレは、桃花の腹をジッと見つめる。
治りかけの火傷がある。数時間も経てば、痕も残らず消える。
身体能力の高い魔狩は、治癒能力も高い。特に、単純に身体能力が高いウォリアとクイッケンは、傍目にも異常なほど短時間で自然治癒する。
桃花の怪我の心配なんて、するだけムダってことだ。毎回のことながら、心配して損した。
「勇斗は見えた?」
桃花が神妙な顔で、意味深な口調で聞いてきた。
「見えなかったぜ」
オレも神妙な顔で、意味深な口調で答えた。
桃花がドヤ顔でニヤつく。
「アタシは、見えたわよ」
オレは焦る。見えなかった視覚系能力者なんて、弱い一般人以下である。幼馴染み的にも、なんだか負けた気がする。
「……ふっ、甘いな。見えないってことが、見えたぜ」
こっちもドヤ顔で、見栄を張った。
「くっ……」
桃花が悔しげに呻いた。こういうところも、桃花はチョロい。
◇
「で、どんな狭魔だったんだ?」
「えっとね、狭魔としては小さな、ネズミみたいなヤツだったと思う。小さな手で引っ掻いてきて、爪は大剣で防いだけど、電気がビリビリッてしたのよ」
桃花が、珍しく難しい顔で答えた。
電気、ネズミ。即座に、一つの名前が思い浮かんだ。……いや、考えるまでもなく、ダメだ、それはダメだ。
その名が思考にこびりついて、離れない。一旦、落ち着こう。別のことを考えて、思考をリセットしよう。
桃花は凄い。
完全な不意討ちで、あの一瞬で、あのスピードで、狭魔に反応できた。攻撃を防ぎ、姿まで目視した。
身体能力の高さだけでなく、場数の多さにもよるだろう。
オレは、深慮を重ねながら、ゆっくりと口を開く。
「いや、まさか、あり得ないと思うけど……。ピ……雷獣じゃないか?」
危なかった。出してしまうところだった。
桃花も琴音もビックリした。
魔狩なら名前くらいは聞いたことがあるだろう。それが現れたと聞けば必ず驚く、そんな狭魔だ。
◇
「それって、あれでしょ? 何年か前に暴れた『最上禍』でしょ?」
「さささささっ、最強に近い方も亡くなったと、うっ、噂に聞いていますがっ」
琴音が狼狽えるのも無理はない。桃花は他人事みたいに落ち着いて、琴音を見習って狼狽えた方がいい。
「事件記録を読んだことあるぜ。被害者は多くはなかったけど、討伐に失敗してる。退治する前に現れなくなって、それっきりだったはずだ」
オレは、朧げな記憶を手繰った。知識は武器だ。能力は使い方だ。
「……次は、負けないわ。相手が『最上禍』だろうが何だろうが、ね」
桃花が一歩も退かない強気で、決意表明した。
「おいおい、やめ」
「わわわっ、わたしなんかがお役に立てるか分かりませんけれど! お手伝いさせてくださいっ!」
オレは止めようとした。確かに止めようとした。
でも、途中で琴音が、桃花の手を、両手で握った。
「ありがと、琴音、勇斗」
桃花が、もう片手で、オレの手を握った。
おいおいやめとけよ、と茶化して誤魔化せる雰囲気じゃなくなっていた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第35話 EP7-2 ピ……雷獣/END