この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは桃花に付き合って、魔狩ギルドに来た。目的は、雷獣とのリベンジマッチの申し出だ。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
学校は休みの日だから、普段着のTシャツジーパンスニーカーだ。
魔狩ギルドの上階にある応接室で、桃花、オレ、琴音の順に三人並んでソファに座る。
低いガラステーブルを挟んだ向かいのソファに、片桐が座る。
片桐は、この区域の担当責任者だ。黒いスーツ姿の、親よりも年上くらいのオッサンだ。背が高く痩せ型で、サングラスと整った髭と、左瞼の縦の傷痕が特徴的な、哀愁漂う渋いオッサンだ。
「アタシに、再戦させてください!」
桃花が力強く申し出た。やる気に溢れて、瞳に情熱の炎が見えるようだ。
オレは、場の雰囲気に流されただけで、やる気なんてない。左右のやる気勢のオーラに挟まれて、肩身が狭い。
だって、いくらなんでも『最上禍』は怖すぎる。できれば考え直してほしい。
「絢染君。もう心配いらない。すでに、代理の来訪が決まっている」
片桐が、大人の微笑で答えた。ダンディーだ。
「どうしてですか!? 『最上禍』に目を付けられたのは、アタシですよね? 誰かに押しつけるようなこと、したくないんですけど!」
桃花が強い口調で食いさがった。
桃花は正義感が強い。負けず嫌いで、意地っ張りで、プライドも高い。
◇
今回は相手が悪い。
戦闘時間は僅か一秒足らず。『ウィッチ』の琴音では、共闘しても戦力にならない。小さく素早いヤツ相手に、多対一が成り立つかも怪しい。
刻印での共闘が無理なら、『贄印』を使って、力量の近しい誰かを代理に立てるしかない。
この物騒な名前の『贄印』はそのまま、『禍』に狙われた死にたくない人が、代わりに殺される生贄を立てるために使った、と昔の記録にある。
代理は、一人で戦わなければならない。共闘用の『刻印』よりは、力量差を多めに許容してくれるらしい。殺されるくらい強い狭魔に、多めの許容が意味を成すのかは知らない。
当然ながら現代は、相性が悪い狭魔のときに交代するとか、負傷や体調不良のフォローとか、普通の使われ方をする。
片桐が、大人の微笑で答える。
「安心しなさい。代理は、最強の『クイッケン』、『光速のライトニング』だ」
◇
「うおおおぉぉぉーーーっ! やった! これで怖い思いせずに済むぜ!」
オレは、心の中で安堵を絶叫した。
「助かったっす、ありがとうっす、片桐さん! 桃花に振りまわされて一時はどうなるかと思ったっす!」
オレは、心の中でソファを立ち、心の中で片桐の両手を握った。
抱きついて喜びたいほど歓喜したけど、心の中でも抱きつくのは気色悪いか、と思いとどまった。
唐突に両手を握られた片桐が、面食らった顔でオレを見あげる。
桃花と琴音が左右から、裏切者を見る冷たい目をオレに向ける。
「……あ、済みませんっす。思わず、心の声が出たっす」
オレは、気まずい愛想笑いでソファに座った。
「くぅっ……。最強の『クイッケン』が来るんじゃ、ダダも捏ねられないじゃない」
桃花が悔しげに呻いた。ついでに舌打ちもした。こいつはいつもこうだ。
「ライトニング様がいらっしゃるんですか?! 凄いです! サインって、いただけるのでしょうか?」
琴音が、瞳をキラキラと輝かせて喜んだ。
◇
最強の『クイッケン』は、二人いる。
一人は男で、短剣二刀を扱う『光速のライトニング』である。愛用のダブルダガー『死の舞踏』は、重量が-だと言われる。
もう一人は女で、細剣を扱う『華麗なるシルヴィア』である。愛用のレイピア『白薔薇』は、戦車の装甲すら容易く貫く。
二人ともに超有名かつ大人気だ。クイッケンの男はダブルダガー使いが多く、女はレイピア使いが多いのも、この二人の影響が大きい。
ちなみに、美形の優男『ライトニング』、男装の麗人『シルヴィア』、ドレス美女の『ディメクラ』、この三人で魔狩ギルドの広告塔も務める。
「そろそろ、このライトニングが自己紹介しても問題ないかい?」
片桐の隣に、細身で長身で美形の男が座っている。いつの間にか、足を組んで、ソファの肘掛けに肘を凭れて、座っている。
その男は、煌びやかでピチピチで急所をプロテクターが守る、金ラメのバトルスーツを纏う。金髪ロン毛で、超絶美形で、透き通るような碧眼をしている。
腰に、不思議な曲線の赤鞘の、二本の短剣をさげる。
誰でも知ってる。最強の『クイッケン』、『光速のライトニング』その人である。
「初めまして、キュートな子猫ちゃんたち。ミーがエスコートするレディは、ユーかな?」
ライトニングが美声で、超絶美形のウィンクを桃花に放った。
ドアの隙間から嫉妬に塗れた、歯が割れ砕けそうな歯噛みの音が聞こえた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第36話 EP7-3 光速のライトニング/END