この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
真新しいビル街のド真ん中に、非常線が張られた。
快晴の真昼に、大きな交差点に、まるで社会にポッカリと穴が開いてしまったみたいな、車も人も通らない空間ができあがる。
その中央に、細身で長身で美形の男がスタイリッシュに佇む。
煌びやかでピチピチで急所をプロテクターが守る、金ラメのバトルスーツを纏う。金髪ロン毛で、超絶美形で、透き通るような碧眼をしている。
腰に、不思議な曲線の赤鞘の、二本の短剣をさげる。
最強の『クイッケン』、『光速のライトニング』と人は呼ぶ。
『きゃーっ! ライトニング様ーっ!』
非常線の外から、黄色い歓声が無数にあがる。
「キュートな子猫ちゃんたち! 応援ありがとう!」
ライトニングが投げキッスで応えた。
『きゃーーーっっっ!!!』
ライトニングは超有名人だ。大人気だ。
◇
非常線近くの仮設本部で、オレたちは事態を見守る。周囲の視線を遮る布で囲まれた、簡易の天幕である。
視線はなくても、歓声が凄まじい。音に圧倒される。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
学校は休みの日だから、普段着のTシャツジーパンスニーカーだ。
決まって休日に作戦が実行されるのは、オレたちが学校を休まずに済むように、との魔狩ギルドの心遣いだ。
そんな心遣いはいらないから。むしろ、緊急の呼び出しで授業を抜け出す、とかやってみたい。
「さすが、ライトニングさんっすね。野次馬と報道でビッシリっすよ」
オレは天幕の隙間から、周囲を埋め尽くす人だかりを見まわす。女子率が高い。
「やっぱり、アタシが、この手で倒したかったわ」
オレの隣で桃花が、悔しげにギリギリと歯噛みする。
天幕の裏では、皐月がゴリゴリと歯噛みする。敵を睨み潰さんばかりの形相をしている。
怖い。こういうときは、言動に気を付けないとトバッチリが来る。
◇
最強の『クイッケン』が出るとなれば、作戦は単純明快だ。
ライトニングが『贄印』を嵌めて、桃花の代わりに雷獣と戦う。
最強に策は要らない。真っ正面から真っ向勝負を挑み、圧倒すればいい。
贄印は、名前の通りに気味の悪い見た目だった。実物は初めて見た。
禍々しいデザインのヘビみたいな何かが、指に螺旋に絡みつく感じだ。そっち系が好きな人は好きそうでもあった。
ライトニングが、贄印を指に嵌める。
辺りが、静まり返る。
無数の黄色い歓声が、一斉に静まった。これから何が起きるのか、全員が知っていた。
金ラメのバトルスーツに覆われた手が、ビルに囲まれた青空へと向けて、スタイリッシュに高く掲げられた。
車の音も、風の音も、いつもは煩いセミの声すら、消えていた。
神秘的な光景だった。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
僅か一秒足らず。この世界からライトニングが消えた。
僅か一秒足らずの後に、この世界にライトニングが佇んでいた。
オレは、何も見えなかった。
黒い狭間に、雷光が、横向きに、ジグザグに光った。
オレは、この世界から狭間が見える特殊能力を持つ。だから、狭間が見える。
ライトニングは、姿すら見えなかった。雷獣も、ジグザグの光しか見えなかった。
見えなかった視覚系能力者なんて、弱い一般人以下だ。今のオレは、弱い一般人以下だ。
オレは、両手で顔を覆って、俯く。
慰めるように、オレの肩に、桃花と片桐が手を置いた。
◇
『きゃーっ! ライトニング様ーっ!』
非常線の外から再び、黄色い歓声が無数にあがる。
ライトニングは、二刀の短剣を指先で器用に回し、流れるように赤鞘に納める。
「キュートな子猫ちゃんたち! 応援ありがとう!」
仮設本部へと悠然と歩きながら、投げキッスで応えた。
『きゃーーーっっっ!!!』
ライトニングが笑顔で、片桐の前に立ちどまる。
「ヘイ、コマンダー片桐。新しい作戦を頼む」
言われてみれば、狭魔を倒すと落ちてくる小石が、落ちてこなかった。つまり、雷獣を倒せなかった。
最強が勝つと信じていたオレには、意外だった。ショックだった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第37話 EP7-4 光速の戦い/END