この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
魔狩ギルドの会議室で、遅めの昼食の仕出し弁当をご馳走になる。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
学校は休みの日だから、普段着のTシャツジーパンスニーカーだ。
オレと桃花と琴音は、大人たちの会議を聞きながら、隅で一緒に食べる。
絢染 桃花はオレの幼馴染みで、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
真奉 琴音は、オレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
◇
「このライトニングが失敗するなんて、意外だったかい?」
ライトニングが美声で、超絶美形の微笑で聞いた。
「作戦とは、失敗まで想定して立案するものだ。何の問題もない」
片桐が答えて、ドアの隙間の方を見る。他のギルド職員たちも、ドアの隙間の方を見る。
ドアの隙間が、さり気なく、音もなく閉じた。
片桐が、ライトニングを真っ直ぐに見据える。
「率直に、敗因を教えてもらっても構わないか?」
「敗因は、雷獣が小さく&機敏だった。電気系に多い、微弱な電流から動きを先読みできるタイプでもあった、かな」
おおっと!? ライトニングから未知の常識が出てきて、オレは困惑する。
よくよく考えれば、最強と呼ばれる人たちが戦う狭魔のレベル、が前提だと分かる。
それに、電気系なんて『ウォリア』の桃花が戦うヤツじゃない。オレが知る範疇じゃない。
オレの実地の情報源の大半は、桃花だ。
「小さく機敏でも、『光速のライトニング』ならば問題ないのでは?」
「そうでもないさ」
ライトニングが、腰の短剣二刀『死の舞踏』に手を当てて示す。
「ミーが速く動けば動くほど、マイラバーの刃が揺れて、狙いが不安定になるのさ。しかも雷獣は、それすら先読みしてた。何百回戦っても、マイラバーが雷獣を捉えることはできないだろうね」
片桐が、しばし黙考する。
「……ならば、適切な武器をギルドで用意しよう」
「そいつはダメだな。浮気は、マイラバーが拗ねちまう」
ライトニングが美声で、腰の『死の舞踏』に手を当てて示した。
最強と呼ばれる人たちは、誰もが超常の武器を愛用する。まるで呪われたみたいに、その武器に縛られる。
空間そのものを叩き潰す大金鎚『ディメンションクラッシャー』。重量が-の短剣二刀『死の舞踏』。口を持つ魔法杖『ダブルキャスト』。
最強の魔狩が超常の武器を選び、超常の武器が最強の魔狩を選ぶ。
最強が最強である所以である。臨機応変に武器を替えられないことは、最強ゆえの弱点ともなり得る。
◇
会議は暗礁に乗りあげた。
何か良案はないか、ギルド職員たちが話し合っている。
桃花が不慣れな考えごとをする難しい顔で、弁当を食べている。
今の桃花が何を考えているか、オレには分かる。幼馴染みで顔をずっと見てきたから、分かってしまう。
……仕様がないなぁ。
「あ、あの、ライトニングさんに質問があるっすけど、いいっすか?」
オレは畏れ多くて恐る恐る、ライトニングに質問した。
「何でも聞いてくれ、メガネボーイ」
ライトニングが、超絶美形のウィンクで答えた。
ドキッ、ってした! 男なのにドキッてした!
「雷獣って、どんな見た目っしたか?」
「雷獣は、大きなネズミみたいな見た目だったね」
ライトニングが器用に、メモ用紙にネズミっぽい絵を描く。電気っぽいエフェクトも描く。さすがは最強、絵も上手い。
電気、ネズミ。やっぱり即座に、一つの名前が思い浮かぶ。
……いや、それはダメだ。一度は乗り越えた試練だ。
「ソイツって、実体が薄い感じっしたか?」
「ノー。ピ……雷獣は、マイラバーの刃をオール避けてた。物理攻撃が効く証拠だね」
ライトニングがスタイリッシュに暴発しかけた。
「ピ……雷獣の、微弱な電流から動きを先読みできるって、どういうことっすか?」
釣られて、オレも暴発しかけた。
ライトニングが、超絶美形の微笑を浮かべる。
「まだ学校で習ってないかな? 物体が動けば、電気が流れる。痛み、五感、感情だって、神経の電気の流れから生じるね」
なるほど。ピ……雷獣は、発生する電気から物の動きを察知できるわけか。さらには、見えてるか見えてないかどこを見てるか、感情の変化、負傷までバレてるかも知れない、と。
「その、動きを先読みって、制限なしっすか?」
オレは、思考をフル回転させながら聞いた。
「経験則だけど、制限はあるだろうね。処理可能な情報量の上限と、感知できる電気量の下限は、あってしかるべき、だ」
さすが最強、確固たる自信の微笑で答えた。
オレは、思考をフル回転させながら、桃花の方を見る。
「桃花って、何も考えないのって、得意だよな?」
「ちょっ?! 体が憶えてる、って言ってもらえる? アタシが何も考えてないみたいに聞こえるでしょ」
桃花が赤面しながら答えた。
「……だったら、行けると思う。作戦は、ボンヤリだけど、あるぜ」
オレは、曖昧な自信で結論した。根拠は、桃花の強さと、オレ自身の知識量だ。
応えて桃花が、弁当を長机に置いて、立ちあがる。
「片桐さん! アタシに、再戦させてください!」
力強く、申し出た。やる気に溢れていた。瞳に、情熱の炎が燃えていた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第38話 EP7-5 あきらめが悪い/END