この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
桃花が、『最上禍』のピ……雷獣に負けた。
代理の、最強の『クイッケン』、『光速のライトニング』は、相性が悪くて討伐に至らなかった。
ならばと、桃花が雷獣との再戦を申し出た。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
◇
魔狩ギルドの会議室で、並ぶ長机を挟んで、桃花と片桐が真っ直ぐに見据え合う。
片桐は魔狩ギルドの、この区域の担当責任者だ。黒いスーツ姿の、親よりも年上くらいのオッサンだ。背が高く痩せ型で、サングラスと整った髭と、左瞼の縦の傷痕が特徴的な、哀愁漂う渋いオッサンだ。
桃花の再戦の申し出に、良識のある大人なら、子供を危険な目に遭わせられないと棄却する。
片桐は良識のある大人だ。オレら子供も同等の人間として接してくれる、本当に良識のある大人だ。
「……次の土曜日までに、作戦書を提出しなさい。それが他のものより優れていると判断したら、採用しよう」
片桐が、哀愁漂う渋いオッサンの顔で、渋く低いオッサン声で結論した。
「ありがとうございまっす、片桐さん」
オレは、複雑な心境で感謝した。
誰かに認めてもらえるのは嬉しい。桃花のサポート役でも、『最上禍』に係わるのは怖い。
「ありがとうございます、片桐さん! 勇斗、付き合って! 今から特訓するわよ!」
桃花が嬉しさ全開でオレを呼んだ。
「おう! あ、あの、畏れ多いっすけど、ライトニングさんも手伝っていただいて、いいっすか?」
オレは畏れ多くて恐る恐る、ライトニングにお願いした。
「もちろん、いいとも。今を生きる若者のためなら、いくらでも手を貸すよ」
ライトニングが、超絶美形のウィンクで答えた。
琴音も席を立つ。
「わわわたしもっ! お手伝いさせてください!」
会議室のドアが開く。
「お待たせしましたわ」
ずっとドアの隙間から覗いていた斎賀 皐月が、今到着した体で部屋に入ってきた。
「会議はどのように?え?桃花ちゃんが雷獣と再戦?で特訓を?でしたら私も、お手伝いいたしましてよ!」
体裁を繕ってる場合じゃないとばかりに、間の手順は早送った。
「あ、斎賀さんには、手伝っていただけることないっす。申し訳ないっす」
「だってさ。邪魔だから、来なくていいわよ」
桃花が、野良犬でも追い払うように手を振った。
「気遣いがない! そこも好き!」
皐月が興奮に頬を紅潮させて、その場に頽れるように座り込んだ。
今は時間が惜しい。相変わらずの人は放っておこう。
◇
会議室を出ようとして、桃花が振り返った。
「片桐さん。適切な武器ってのを取り寄せてもらっていいですか? なるべく実物で特訓したいんですけど、いつ頃から借りられます?」
片桐が、渋いオッサンの微笑で席を立つ。桃花の前に進み出て、腰にさげた黒塗りの鞘の短刀を片手で握り、差し出す。
「撓ることなき極薄の石刃短刀『水斬』だ。若い頃に使っていたものだが、手入れは欠かしていない」
「……ありがとうございます」
桃花は、神妙な顔で受け取った。
「片桐さんって、若い頃は魔狩だったんですね。若い頃って、想像もできないけど」
こいつはいつもこうだ。
「そうだな。この機会に、一つ昔話をしておこう」
片桐も、神妙な顔で頷いた。
「それって、隻眼の若く強い魔狩の話だったりします? 長くなるなら遠慮したいんですけど」
桃花が面倒そうに眉を顰めた。
こいつはいつもこうだ。
「ふっ。隻眼ではないが、男前で若く強い魔狩の話だ。そんな顔をせずに、聞いていきなさい」
片桐は、嫌な顔一つせずに微笑した。
◇
「少し残念だが、手短に話そう」
片桐が語り始める。
「その青年は、特殊な視覚系能力者だった。自らの力を過信し、調子に乗り、片目を失った」
「うわっ?! 短っ?!」
オレは思わず心の中でツッコミを入れた。
あ、いや、周囲の反応を見るに、たぶん声に出た。
「片桐さん。桃花がこんなんで申し訳ないっす。昔話はまた次の機会にゆっくり聞かせていただくっす」
フォローも入れておいた。
「構わないとも。魔狩は続けられなくなったが、魔狩の皆のバックアップはできる」
片桐が、自らの左瞼の縦の傷痕を触る。
桃花の握る『水斬』を手で示す。
「信頼はしている。でも、無茶はするなよ。命を大事に、だ」
歴戦の戦士の強面だけど、渋い低音ボイスだけど、話の分かる大人だ。
桃花は神妙な顔で、黒塗りの鞘に納まる『水斬』を見る。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
桃花にしては丁寧に、頭をさげた。桃花にしては丁寧な口調で、感謝した。
オレは、やっぱり『最上禍』は怖いのだけれど、こういうのって悪くないな、と思ってしまった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第39話 EP7-6 オッサンにも若い頃があった/END