この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
夕刻に、桃花の部屋に集まって、期末のテスト勉強に励む。
一軒家の二階の一人部屋で、板床に四角いテーブルを出して、クッションに座って、オレと桃花と琴音の三人で囲む。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
「あぁ、もぅっ。『最上禍』の雷獣を倒したスーパーヒロインが、どうしてテスト勉強に苦しまなきゃいけないのよ」
桃花が、テーブルに突っ伏して愚痴った。
桃花は学校の勉強が嫌いだ。
「あれは、九割ライトニングさんのお陰だろ……」
オレは、引き気味にツッコんだ。
「こっ、こっ、ここがっ! 絢染さんのお部屋っ! あっ、あっ、絢染さんのっ!」
クッションに正座する琴音が、頬を赤らめて、部屋を見まわす。
琴音も友だちが少なそうだし、友だちの部屋に集まるなんて滅多にないだろうし、嬉しいのだろう、興奮して息遣いが荒い。
真奉 琴音は、オレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
◇
桃花の部屋は、散らかった机と、パジャマを脱ぎ放ったベッドと、半開きのクローゼットと、雑に雑誌の押し込まれた本棚がある。訓練用のオモチャの武器が転がってたりもする。
ゲーム機がないくらいで、普通の男子中学生の部屋と大差ない。
……女子か! 性別:幼馴染み、だからすぐ忘れる。
「ピ……雷獣って言えば。オレ、片桐さんの昔話を聞きにいったんだけどさ」
気分転換に、雑談でも提供しよう。
「ふぅん」
桃花がテーブルに突っ伏したまま、興味なさげに応えた。
そんな反応をされては、続きが話しづらい。
「片桐さんも昔は魔狩だったって話で。女の人とコンビを組んでたんだって」
「えっ?!」
桃花が唐突に跳ね起きた。
「詳しく! ほら! 早く!」
桃花に胸座を掴まれて、揺さぶられる。
「お二人はっ! どっ、どのような! ご関係でしたのでしょうか!?」
琴音も興味津々で身を乗り出した。
オレは、予想外の反応に困惑する。
桃花や琴音が、オッサンの昔話に興味を示すとは思わなかった。
「いや~。オレが思わず、興味なさげな相槌を打ったからさ。やはりやめておこう、ってことに」
「はぁっ!?」
うわっ!? 何だか急に二人の視線が、とても残念な人を見るように冷たくなった。
「そっ、そうだ! 片桐さんが、大活躍のご褒美にって、レジャープールのチケットくれたんだぜ。近くに片桐さんの実家があって、泊まれるように頼んでおくから、夏休みに泊まりがけで遊んできたらいいってさ」
オレにしては素早く、カバンからチケットを取り出し、テーブルに置く。
◇
「海辺のレジャープールですね。日帰りできない距離ではありませんけれど。往復に時間がかかるので、近くに宿泊できるのはいいですね」
琴音が解説しながら、銀縁の丸メガネの縁を指先でクイッとかけなおした。
「泊まりがけって、一緒にお泊まりってこと? 夏休みに? 遊びに?」
桃花が興奮気味に確認してきた。
助かった。好反応だ。
「だからさ。ちゃんとテスト勉強して、夏休み初日から行こうぜ。追試とか補習とかあると、桃花のお母さんにも申し訳ないしさ」
オレは、祈るような気持ちで提案した。
桃花の勉強を見てほしい、と桃花のお母さんに頼まれてる。オレの幼馴染みとしての面目がかかってる。
桃花のお母さんは、桃花の母親だけあって美人だ。優しいし、いつも笑顔だし、ゴ……パワフルでもない。
「そ、そういうことなら、ちょっと頑張っちゃおうかな」
桃花が嬉しそうに、頬を赤くした。クッションに座りなおして、真面目にテスト勉強に向き合った。
よかった。これでオレの評価は保たれるだろう。もしかして、勇斗君は本当に頼りになるわぁって、あがるかも知れない。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第41話 EP8-1 海辺のマーメイド/END