この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「今日も暑いな」
肩掛けの大きなスポーツバッグを担ぎなおしながら、口に出した。夏休みに入った解放感で、心も声も浮かれていた。
これから電車で、片桐の実家に行く。何日か泊めてもらって、レジャープールや海で遊ぶ予定である。
「夏だもんね。暑くてなんぼよね」
桃花が、アイスキャンディを咥えたまま、相槌を打った。同じく浮かれていた。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
桃花の荷物はオレより多い。オレのより大きなスポーツバッグが丸く膨らんでる。
女子だから着替えが多い、ってことは、ないか。きっと遊び道具が詰まってる。
「暑いなぁ」
「暑いわねぇ」
セミの声を聞きながら、駅の正面入り口で、二人でニヤニヤしながら佇む。ちょっとくらい騒がしくても、暑くても、この後を思えば気にもならない。
◇
「待たせたな、ライバル!」
「あっ、あのっ! おはようございます、遠見君! 絢染さん!」
古堂と琴音が合流した。
「オレも今来たとこだぜ!」
これで、四人揃った。
桃花が、咥えたアイスキャンディを、ガリッと噛み割った。
「あっ、ありがとうございます、古堂さん。にっ、荷物を持っていただいて、助かりました」
「いいってことよ。子供に優しいのはモテる男の条件だろ? 俺っちは、モテるためなら何でもする男だぜ」
古堂が、奇妙に斜めったポーズで格好つけた。
古堂 和也は、オレや桃花の近所に住む大学生である。金髪を逆立て、黒い革ジャン革パンツの、派手な出で立ちの男である。
弓矢で戦う魔狩『スナイプ』で、小型の洋弓を背負う。
「うっ、うわぁ……。完全に、モテない方の発言ですね……」
琴音が、思わず正直な感想を漏らした。
真奉 琴音は、オレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
「なにこの既視感……」
桃花が絶望の口調で呟く。
「琴音はギリギリ分かるけど……。ギリギリアウトだけど……。どうして、また古堂さんまで一緒なの……?」
なぜか桃花が、とても残念な人を見る目でオレを見た。
「中学生だけで遠出できないだろ? 古堂さんに引率を頼んだんだ」
オレは、我ながらナイスアイデア!、とキメ顔で答えた。
◇
電車に揺られて、海辺の町に着いた。移動にしては長い時間、旅行にしては短い時間だった。
「なんか悪ぃな、俺っちまで泊めてもらって」
「先方に許可をいただいてるので、大丈夫っす」
オレは、駅の出口から周囲を見まわす。
古き良き町並み、みたいな風景が広がる。
曲がりくねった道路に沿って、木造瓦屋根の民家が建ち並ぶ。町の果てには海が見える。
琴音が、申し訳なさげに眉をさげる。
「ごめんなさい、絢染さん。お邪魔かもとは、思ったのですが」
「いいのよ琴音。そんなんじゃないから。大勢で遊んだ方が楽しいから」
拗ねた桃花が琴音の背中に圧しかかる。腕は鎖骨の上を通って、大きな胸の下に回して、食い込ませる。酔っぱらいみたいな絡み方である。
桃花は人付き合いの距離感がおかしい。
「あっ、あっ、絢染さんっ?! 胸がっ、息がっ、腕がっ、胸がっ!」
琴音が、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。一見するとパニックにも見えるが、小旅行が嬉しくて、はしゃいでいるのだろう。
二人とも楽しそうで何よりだ。
「あ! あの人、片桐さんのお母さんじゃない?」
桃花が目線で、木陰のベンチに座る老婦人を示した。
駅から出る人混みの隙間に、そっちを見る。
老婦人がいる。白髪で顔にシワが目立って、目つきが鋭い。細身で背が高くて、ゆったりめのブラウスにレギンスで、背筋を真っ直ぐに伸ばし、ベンチに座っている。
歴戦の戦士の雰囲気が、片桐に似ていた。あ、目が合った。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第42話 EP8-2 夏休みの始まり/END