この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
レジャープールのある海辺の町に着いた。駅の出口で、木陰のベンチに座る老婦人を見つけた。
雰囲気が、片桐に似ている。泊めてもらう片桐の実家の、片桐の母親に違いない。
そう直感して、駆け寄った。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「あ、あの、すみません。片桐さんのお母さんっすか? オレたち、泊めてもらうことになってる、あ、オレは、遠見 勇斗っす」
初対面に緊張して頭をさげた。
老婦人が微笑み、スッと立ちあがった。
「息子から聞いているわ。古い家だけれど、好きなだけ泊まっていきなさい」
笑顔の感じも、片桐に似ている。隻眼でも髭のオッサンでもないのに、親子だと分かるくらいに似ている。
「お世話になりまっす!」
もう一度、緊張して頭をさげた。たぶん昔は魔狩、歴戦の戦士だったと、オレの勘が告げていた。
◇
家に荷物を置いて、ワゴン車で送ってもらって、レジャープールに来た。
遊べる日数を一日でもムダにしたくない。楽しいことには貪欲であるべきだ。
片桐母も笑って、子供はその方がいい、と言ってくれた。
「混んでるっすね」
地方都市の地方のレジャー施設でも、夏休みが始まったばかりの休日の真昼は混む。どこもかしこも親子連れで埋まってる。
ウォータースライダーは、長蛇の待ち列が並ぶ。流れるプールは、人が入れる隙間を見つけるのが難しい。プールサイドすら混み合い、人通りの邪魔になりそうで、角のフェンス前に男二人で突っ立つ。
「おいおいおい、親子連ればっかりじゃぁねぇか。俺っちは、どいつをナンパすりゃあいいのよ?」
古堂が、奇妙に斜めったポーズで嘆いた。
オレは無難な紺色の海パン、古堂は黒のブーメランパンツだ。手首に巻いた入場バンドに狭魔避けの御札が入ってるから、泳ぐのに邪魔な武器を携帯しなくていい。
「お待たせ~」
「はっ、恥ずかしいのでっ! あっ、あまり見ないでくださいっ!」
桃花と琴音が合流した。四人揃った。
◇
「ちょっと、混みすぎじゃない?」
桃花の苦情を聞き流しながら、遊べそうな空きスペースを探す。
「夏休みの休日だからな」
桃花の補習で、出発が一日遅れた。
だから混んでる、なんて的外れな責任転嫁をする気はない。
ただ、オレの幼馴染みとしての面目は潰れた。丸潰れだ。桃花のお母さんからの評価が、確実に下がった。
「ところで、この水着はどうよ? カワイイでしょ?」
桃花が、クルリと一回転して、水着をアピールした。
聞かれるまでもなく、一つ気付いたことがある。
桃花も琴音も、フリルのヒラヒラしたカワイイ系の水着を着ている。
似たデザインでありながら、胸の大きい琴音はセクシーに、胸の小さい桃花は子供水着に見える。
「お! あのプール、空いてるぜ!」
オレは、混雑の中にあって疎らにしか人のいないプールを見つけた。
◇
二十五メートルプールくらいのサイズに、大人の男が数人しかいない。
「ちょっと、勇斗。アタシの水着姿の感想は?」
「あっ、絢染さんはっ! とっ、とととても、かっ、かわいらしいと思いますっ!」
琴音が、目を逸らし気味に、オドオドした口調で、興奮に頬を紅潮させて、桃花を絶賛した。
「そっ、それに比べて。わ、わたしはプニプニしてて、恥ずかしいです」
「琴音のプニプニもカワイイわよ」
桃花が、琴音の太腿を揉みながら褒め返した。
「あっ、あああ絢染さんっ!? 絢染さんっ!? ははは恥ずかしいっ、恥ずかしいですっ!」
琴音が赤面を両手で覆って身悶えた。
「いやっほぉ~ぅ!」
オレは我慢できずに、空いたプールに飛び込んだ。
「……ぶぉっ?」
足が底に着かない。ははぁ~ん、さては、深いプールってヤツだな?、と思い至る前に、パニクる。
「たっ、助けっ!」
水面に、人が飛び込む水飛沫が見えた。誰かに抱えられて、肩に柔らかい感触があって、水面に引きあげられて、プールサイドに掴まった。
体の感触が、桃花みたいに硬くなかった。琴音ほど柔らかくも、古堂ほどヒョロくもなかった。
「ゴホッ、あ、ありがとうございまっす。どこのどなたか知らないっすが」
「無事か、ライバル? お前って、泳げなかったっけか?」
古堂が、高くからオレを見おろす。
オレは、プールサイドにしがみついたまま見あげる。
「いや~。足が着かないくらいで溺れるわけないんすけど。なぜだかパニクっちゃったっす」
「このプールには、近づかない方がいいよ」
ボーイッシュな女の声がする。プールの中で、オレの脇に腕をまわして、柔らかい胸をオレの肩に当てる。オレを助けてくれた人だと分かる。
「ほら。ここは、潮の香がする」
青みがかった黒のショートカットの、ボーイッシュな、たぶん高校生くらいの少女だ。
ボーイッシュな少女が、水中からプールサイドに両手をつき、勢いよくあがる。水色の競泳水着に水が流れ落ちる。
全身が、しなやかでスラリとしてる。角度的にお尻が、見え方がエッチだ、は失礼か。
白いTシャツを着る。槍……いや、穂先に返しがあるから銛か?、を背負う。
「ありがと。連れが迷惑かけたわね」
桃花が声をかけた。どこか対抗心のある声音だった。
「……ふふっ」
ボーイッシュな少女は、たぶん桃花の小さな胸を見て、鼻で笑った。プールサイドの人混みの中へと、消えていった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第43話 EP8-3 水の中の出会い/END