この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
レジャープールから片桐母の家に戻って、夕飯の配膳を手伝う。
木塀に囲まれた広い敷地で、木造の大きな家屋で、二階建てで、瓦屋根だ。
古くはあっても、手入れが行き届いてる。掃除もされてる。
片桐母が一人暮らしだそうだ。
部屋は、畳敷きだ。いかにも古い家って感じだ。
「ふぅん。魚の狭魔ねぇ」
桃花が、低く厚い木の食卓に小鉢を並べながら、訝しげな顔をした。
「本当だって。あの競泳水着の人が『マーメイ』でさ」
オレは汚名を雪ぐために、己の正しさを主張した。
狭魔は、こちらの世界に悪影響を及ぼす。とは最強の『ウォリア』斎賀 皐月の言である。
だから、あの魚狭魔の悪影響で、オレはパニクって溺れたに違いない。自身の名誉のために、何度でも繰り返そう。
◇
「ああ、そういえば」
夕飯の盛られた大皿を重そうに、片桐母が運んできた。
「あなたたちの他に、息子の知人のお嬢さんも泊まってるのよ」
「重そうだな、婆さん。貸しな」
古堂が、大皿を受け取って、食卓の中央に置く。
片桐母が微笑む。
「ありがとう、助かるわ。口は悪いのに、優しいのね」
「分かってるじゃねぇか。爺婆に優しいのもモテる男の条件だろ? 俺っちは、モテるためなら何でもする男だぜ」
古堂が、奇妙に斜めったポーズで格好つけた。
「あなた、モテなさそうね」
片桐母が笑顔で、単刀直入にツッコんだ。
片桐の知人の娘、か。片桐にとっては顔見知り、オレたちには赤の他人だ。
「その知人って、もしかして! コンビ組んでた人だったり!?」
「ももももしかしますか?!」
桃花と琴音が興味を示す。
二人の興味の基準が分からない。
「片桐のオバァサン。おフロ、あがりました」
バスタオルで髪を拭きながら、タンクトップに短パンの少女が、部屋へと入ってきた。しなやかでスラリとして、高校生くらいで、ボーイッシュな感じだ。
「……あ」
「……あれ? ああ、そうか、キミたちだったのか」
目が合った。お互いに、驚いていた。
◇
各々が自己紹介を終えて、夕飯の食卓を囲む。低く厚い木の食卓で、畳に座布団を敷いて、正座とか胡坐とか、思い思いに座る。
「片桐オジサンのいるギルドの、魔狩なんだね」
ボーイッシュな少女、水瀬 七海が、オレを見る。気のせいか、ずっと見てる。
「勇斗がさ、七海が『マーメイ』で、魚の狭魔を退治した、って言ってたんだけど。本当なの?」
桃花が、オレの頭を掴んで聞いた。こいつはいつもこうだ。
七海は、不思議そうに首を傾げる。
「え? 勇斗クンに、そこまで話したっけ?」
「あ。オレは『スコーパ』っす。えっと、この世界から狭間が見える特殊能力持ちっす」
オレは、桃花の手から逃れようとムダな努力をしながら、答えた。
「スコーパ?!」
七海がビックリした。座布団に膝立ちで、オレの方に、夕飯の大小様々な皿の並ぶ食卓に身を乗り出した。
急に目の前に迫られて、オレもビックリした。タンクトップに短パンと露出が多くて、胸の谷間や膨らみが見えて、ドキドキもした。
「七海さん。お行儀が悪いですよ」
「あっ。はい。すみません」
片桐母に窘められて、座布団に座りなおした。
「ボクは、『マーメイ』だよ。水中戦が得意な戦闘系」
「腕の怪我は大丈夫っすか?」
「うん。平気。もう、治りかけさ」
日焼けした腕を見せる。治りかけの傷がある。
一般人より治りが早い。ウォリアの桃花よりは遅い。
桃花なら、痕も残らず、怪我したことも忘れて、怪我なんてしたっけ?、とか返してくる経過時間だ。
「じゃぁ、本当に、魚狭魔のせいで溺れたのかも、ってことかぁ。こっちの世界に狭魔の悪影響かぁ」
桃花が考えてそうな考えてなさそうな顔で返して、唐揚げを口に運んだ。
◇
七海がボーイッシュに微笑む。瞳を少年めいて輝かせる。
「ボクのことより、キミだよ、勇斗クン。片桐オジサンから聞いてる。将来有望な少年で、必ず優秀な指導者になるだろう、ってね」
「そそっ、そそそんなっ?! 滅相もないっす!」
オレは赤面して、琴音並みに狼狽えた。
あの片桐に、手放しで褒められるなんて、照れる。片桐への信頼があるから、言葉に信憑性があって、照れる。
七海が座布団に膝立ちで、またもオレの方に、夕飯の大小様々な皿の並ぶ食卓に身を乗り出した。
急に目の前に迫られて、オレはまたビックリする。タンクトップに短パンと露出が多くて、胸の谷間や膨らみが見えて、ドキドキもする。
「ねぇ、勇斗クン。ボクと、コンビを組まない?」
七海の顔が近い。さらにドキドキする。
「ちょっ!? ちょっと?! 勇斗はアタシのパートナーなのよ!」
桃花も食卓に身を乗り出して、オレと七海の間を遮った。
なんだか唐突に、一触即発の睨み合いになった。
二人とも、オレの方を向く。回答を要求する顔で、ジッと見る。
困った。まさかオレの取り合いで争いが勃発するとは、思いもしなかった。さすがは、あの隻眼で髭でオッサンの片桐に認められた男だ。
オレはシリアスに、大仰に腕を開いて、二人の仲裁を試みる。
「待ってくれ、二人とも。オレのために争わないでくれ」
……しまった。スベった。
二人の視線が、え?何言ってるのコイツ?みたいに冷たくなった。
コトン、と食卓に小鉢を置く音がした。思わず、そっちを見た。
「二人とも。お行儀が悪いですよ」
微笑む片桐母に窘められた。
「あっ。はい。すみません」
「す、すみません」
七海も桃花も、しおらしく謝って、座布団に座りなおした。
片桐母は、高齢を感じさせない迫力がある。あの隻眼で髭でオッサンを育てたのは、こういう人なのだな、と妙に納得する。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第45話 EP8-5 早い再会/END