この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「片桐オジサン! こんにちは!」
七海が片桐に駆け寄って、ボーイッシュな瞳をキラキラさせながら挨拶した。
分かる。オレもきっと同じだと思う。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。無難な紺色の海パンで、狭魔避けの御札を手首に巻く。一応、駆け出しの魔狩である。
「休みが取れたから、様子を見にきたんだ」
片桐が取り繕うように答えて、チラとオレの方を見る。
「荷物番はしておくから、皆で遊んでくるといい」
「やった! 何する!?」
桃花が砂浜で跳ねて喜んだ。
「俺っちが、どうして魔狩になったかって?」
古堂が、奇妙に斜めったポーズで格好つける。
「そんなの、モテるために決まってるだろ。俺っちは、モテるためなら何でもする男だぜ」
「……」
七海が言葉を失って、呆れ顔をした。
「ってことで、一夏の恋を探しにナンパに行ってくるぜ! 子供どもは子供同士で遊んでな!」
古堂が意気揚々と砂浜を駆けていった。ヒョロい背中に赤い手形が、まだ残っていた。
「七海! 泳ぎで勝負よ!」
桃花が七海を指名した。マーメイに水泳勝負とは、相変わらず怖いもの知らずだ。
「ふふっ。いいよ。受けてたとう」
七海も自信の笑みで応えた。
「わっ、わたしもっ! こ、後学のために見学させてください!」
セクシーなフリル水着の琴音も一緒に、海辺へと駆けていった。
結果、オレと片桐の二人が残った。
◇
荷物を置いたレジャーシートに、オレと片桐の二人で並んで座る。
夏の日差しが強い。波の音がアップテンポに繰り返す。少し離れて、浜辺の歓声が聞こえる。
「片桐さん。何か話があるんじゃないっすか?」
沈黙は気まずいので、オレから切り出した。
「そうか。分かるか」
片桐が安堵した。話の切り出し方を決めあぐねていたのだろう。
「状況が整いすぎっす。所属ギルドの偉い人に宿泊までお世話してもらって。そこに偶然、その偉い人と親しい人がいるなんてっす」
「まあ、そうだな。実は、遠見君に、個人的に、折り入って頼みがある」
片桐の頼みごとは珍しい。
「七海ちゃんに、アドバイスをしてもらえないだろうか?」
片桐が頭をさげた。
「難しいのは重々承知だ。七海ちゃんは希少な『マーメイ』なんだ。七海ちゃんの戦い方も、『マーメイ』の能力も、水中の狭間での戦闘も見たことはないのだからね」
「あ、一回だけっすけど、見たっす」
オレは、自分でも間抜けだと思うほど、世間話の口調で答えた。
「いいっすよ。昨日、偶然、七海さんが魚狭魔を倒すのを見たっす。お役に立てるかは分からないっすけど、意見を出すくらいならできるっす」
「そうか! ありがとう!」
片桐が頭をさげた。片桐にとって七海が他人ではない、と分かる喜びようだった。
◇
「そのときに、七海さんがアタリとかハズレとか言ってたっす」
オレは、ちょっと気になったことを聞いてみた。本人に聞くべきであって、片桐に聞くのは的外れかな、とも思った。
「そうか……」
片桐が溜め息をつく。
「七海ちゃんは、賞金稼ぎの真似事をしている」
「あぁ、それで、狭魔がいたから『アタリ』っすね」
オレは納得した。
狭魔を倒すと、消えて小石に変わる。その小石を魔狩ギルドに持ち込むと、賞金や実績や評価に変えてくれる。
「危険だからやめた方がいい、と諫めはしたのだが。水瀬さんの娘さんだけあって、強情でね」
「報酬目当てで狭魔を狩るって、難しいっすよね?」
能動的に狭魔を討伐するのは難しい。野良の狭魔がそこらじゅうにいるわけではないのだから。
未討伐の狭魔の情報を逸早く得て、他の魔狩に先んじる。が必要最低限の条件となる。
時間に制限の多い学生には、普通なら、無理だ。そう、普通なら。
「昔に賞金稼ぎをしていた経験から言うと、『禍』が稼ぎやすい。報酬が多いのに、魔狩が二の足を踏み、討伐されにくいからね」
片桐が、左瞼の縦の傷痕に触れながら、真顔で答えた。
人を殺したから『禍』。強すぎる狭魔に襲われない代わりに、弱い狭魔をカモれもしない。自身に近い力量の魔狩を殺した『禍』を討伐する。
それが、『禍』を狩る、ってことだ。危険なんて生易しいものじゃない。勝てる保証は欠片もない。
「だから、『ハズレ』っすか……」
あの魚狭魔は、運悪く『禍』じゃなかった。運好く『禍』じゃなかった。
◇
「分かったっす。一緒にいられる間、できるだけの尽力をさせていただくっす」
オレは力強く、頭をさげた。お世話になってる片桐個人の助けになれるなんて、ありそうでなさそうで、嬉しくもあった。
「ありがとう、遠見君」
片桐が、オレの手をギュッと握って、頭をさげた。
「勇斗! ビーチバレーするから来て!」
桃花に呼ばれた。
「おう!」
「陸上なら負けないわよ、七海」
「ふふっ。いいよ。受けてたとう」
桃花と七海が、いつの間にか仲良くなっている。
二人とも、気が強いとことか、似てるからだろうか。
チラと見た片桐が、二人を微笑ましげに微笑していた。片桐と七海の母親の関係ってヤツが、オレも気になり始めていた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第47話 EP8-7 七海と片桐/END