この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「ってことで、七海さんの強化特訓をすることになったっす」
部屋の明かりを背に、夜の縁側に並んで座って、オレは宣言した。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「ふぅん」
桃花が、片桐の差し入れのアイスとドーナツを食べながら、興味なさげに答えた。今は話より食べる方が大事、って目の色だ。
絢染 桃花は、オレの幼馴染みの女子である。十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカート姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
「やった! オオアタリ! さすが片桐オジサン!」
七海が素直に歓喜した。
水瀬 七海は、片桐の知人の娘である。青みがかった黒のショートカットで、しなやかでスラリとして、女の人って感じのボディラインの、ボーイッシュな女子高生である。
タンクトップに短パンで露出が多く、銛を背負う。
「よろしく、勇斗クン。ボクも、強くなりたくて、試行錯誤してるとこなんだ」
七海に手を握られて、照れる。タンクトップから溢れる胸の谷間や膨らみに、ドキドキもする。
ドーナツを持つ桃花の手が、オレを七海から遮った。
「勇斗は、アタシのパートナーなのよ」
威嚇しながら、手にあるドーナツとオレを、交互に見比べる。
「でも、ちょっとくらいなら、いいか。片桐さんにはお世話になってるし」
僅差でドーナツが勝った。知ってた。
◇
「まぁ、特訓の相手は桃花にやってもらうんだけどな」
オレは、固い土の庭に降りる。広い庭で、一画が菜園になってる。
桃花が手にあるドーナツを見つめて、口に押し込んだ。
「だと思ったわ」
準備しておいた二本の木の棒を拾う。
庭に降りてきた桃花と七海に一本ずつ渡す。
「うん。ボクの銛とほぼ同じ長さだね」
七海が、長さ一メートルほどのその棒を握って、振りかぶって、重さと扱いを確かめる。
「アタシの棒、短くない?」
桃花が、五十センチほどの長さの木の棒を握って、オレに抗議した。
確かに、桃花の腰の大剣と比べて、かなり短い。
「それでいいんだよ。七海さんに、桃花の戦い方を体験してもらう」
「あぁ、そういうことね」
桃花が分かったような分かってないような顔で、庭の、部屋の明かりに薄明るい中に立った。
「ふふっ。いいよ。手合わせしろってことだね」
七海がボーイッシュに微笑して、桃花の正面の五メートルほどの距離、薄明るい中に相対した。
「相手の武器を落とすか、寸止めな。オレが石を上に投げるから、それが地面に落ちたら開始で。相手の武器を落とすか、寸止めな」
桃花にルールを言い聞かせた。
◇
桃花と七海が武器を構え、向き合った。
桃花は短棒を片手持ちで、腰の高さに構えた。七海は長棒を銛みたいに、肩の上に振りかぶった。
緊張感に、肌がヒリつく。桃花の野獣みたいな眼光に、審判のオレまで身が竦む。
向き合って平静を保つ七海は、それだけでも強いと分かる。
「いくぜ!」
オレは、夜空へと石を投げあげた。二人の中間辺りに、ボトッと落ちた。
桃花が一瞬で、七海の足元に踏み込んだ。七海が振りおろそうとした長棒を、桃花の短棒が弾き飛ばした。
長棒がコンコンッ、と地面に転がった。ほぼ全員が、呆気に取られた。ほぼ同時に、緊張から開放されて溜め息をついた。
「今のが、桃花と七海さんの差っす」
オレは簡潔に解説した。
「やっぱり、ランクSの人って、凄いね」
七海が興奮気味に、ストレートな感想を口にした。
しまった。解説が簡潔すぎたか。
「そこじゃないっす。桃花がランクDだったとしても、今の結果は同じだったと思うっす」
オレの補足説明に、七海も桃花も首を傾げる。桃花は、集積した知識経験を本能で実践する野生の猛獣タイプである。
◇
「少し代わっていただいて、いいかしら?」
上品な口調で、片桐母が庭に降り立った。
片桐母は、魔狩ギルドの片桐の母親の、老婆である。
白髪で顔にシワが目立って、目つきが鋭い。細身で背が高くて、ゆったりめのブラウスにレギンスで、背筋は真っ直ぐに伸びる。
「ほい、どうぞ」
桃花が差し出した短棒を、素通りする。
「こちらで」
地面に転がった長棒を拾う。
「お手柔らかに、お願いね」
片桐母が微笑んで、長棒を槍持ちした。先端を下向きに地面近くまで下げて、半身に構えて、桃花と向き合った。
オレは、困惑した。今の桃花を見て挑戦するとか、度胸が半端ない。
構えは、槍というより、薙刀っぽい。様になってるから、心得はありそうだ。
歴戦の戦士の雰囲気がある。隻眼の片桐の母親だけあって、昔は魔狩だったのかも知れない。
「まぁ、いいけど。怪我しても知らないわよ?」
桃花が怪訝そうに、短棒を構えた。
「じゃあ、ルールは一緒で。相手の武器を落とすか、寸止めな」
オレは桃花にルールを念押ししながら、石を拾う。
「いくぜ!」
夜空へと石を投げあげた。二人の中間辺りに、ボトッと落ちた。
桃花が一瞬で踏み込んだ。片桐母も同時に、一瞬で踏み込んだ。
間合いが近い。桃花が長棒を弾き飛ばそうと、短棒を振る。片桐母が長棒の先端を振りあげる。
短棒が柄尻を叩かれて、桃花の手からスッポ抜けた。
桃花は構わず、さらに踏み込む。身を低く、振りおろされる長棒の下へと潜り込む。
桃花の正拳突きが、片桐母の鳩尾の前に寸止めされた。
「……片桐お婆さんの勝ちっす」
オレは、ビックリしながら判定した。
「え~?」
桃花が不服そうに睨むけど、ルールを聞いてないヤツは放っておこう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第48話 EP8-8 老婆も昔は若かった/END