この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
桃花と片桐母の手合わせを目の当たりにした七海が、目を丸くして呟く。
「そうか。ボクは、初動が遅いのか」
「そうっす。七海さんは、相手の動きを見てから、自分の動きを決めて動き出したっす。桃花と片桐お婆さんは、動き出しながら相手の動きを見て、自分の動きを決めてたっす」
オレは全面的に肯定した。伝わって良かった。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「あいたたた。腰が……」
「おいおい。婆さん、大丈夫か?」
片桐母が痛そうに腰を押さえて、黒い革ジャン革パンツの古堂に肩を借りて、縁側にあがる。
尊い犠牲だ。片桐母は全てを理解して、未来ある若者のために、老骨に鞭打ってくれたのだろう。
「七海さんは、どうして賞金稼ぎなんてしてるっすか?」
オレも縁側にあがる。
「賞金稼ぎなんて、危ないわ。水瀬さんも心配してるでしょう?」
腰痛に苦しむ片桐母から、重い忠告が出た。
七海が気まずげに苦笑する。縁側にあがって、オレの隣に座る。
「ママは、ボクを自分の思い通りにできないのが気に入らないだけさ」
「七海のお母さんって、片桐さんの元パートナーなんでしょ!?」
桃花が話に食いついた。
「もっ、ももももしかして、おっ、お父さんはっ! かかかか片桐さんででしょうか!?」
フリルな私服の琴音も、興奮気味に食いついた。
「違う違う。パパは、一般人のサラリーマンだよ。ママの自分勝手に耐えられずに別居するような、普通の人だ」
七海がボーイッシュな微笑で答えた。
複雑そうな家庭環境だ。なるべく触るまい、とオレは心に誓った。
◇
「どうして賞金稼ぎをしてるのかって? そんなの、決まってるだろ?」
七海が不思議そうにオレを見る。
「お金を稼ぐためさ」
「お金を稼いで、その後はどうしたいっすか?」
「えっ? そ、それは」
七海が今度は頬を赤らめて、言い淀んだ。
不意に女子っぽい反応をされると、ドキッとする。
「ボクは、その、笑わないで聞いてくれよ? よくある話で、アイドルになりたいんだ。光速のライトニング様や、華麗なるシルヴィア様みたいな」
斎賀 皐月こと『ディメクラ』は、憧れる魔狩に名前があがらないことで名高い。
「まずは、装備の充実だね。歌とダンスのレッスンも受けたい。名のある武器を手にするのが、当面の最終目標かな」
照れながらも、夢見がちながらも、意外と具体的だ。
才能のある魔狩なら、一度くらいは目標にする。
最強の魔狩に名を連ね、名のある武器を手にする。
桃花も昔は、勇者になって魔王を倒す、と夢を語っていた。現実には魔王はいないと知って、落胆していた。
「ボクはね、恵まれてると思うんだ。希少なマーメイで、ライバルが少ない。バトルコスチュームが水着だから、人目も惹きやすいだろ?」
「それは、そうっすね。水の事故を減らす、って売りも強いっす」
オレは思わず賛同した。
◇
「ところで、片桐のオバァサン。強いんだね、ビックリした。魔狩だったの?」
興味と話題が、片桐母に移った。
「昔は、魔狩としてギルドに登録していたわ。でも、才能がなくて、鍛錬を積んではみたけれど、ランクB止まりだったのよ」
片桐母が、腰を擦りながら答えた。
「どうりで、強かったわ」
桃花が言いながら、片桐の差し入れのドーナツを選ぶ。
応えて、片桐母が微笑する。
「退治した狭魔の数なんて、数える程度。自分の凡庸さを悟って、諦めてしまったの」
そういう人が大半なのだろう。
近くに桃花と琴音がいるから、忘れる。皐月やライトニングを見たから、錯覚する。
魔狩が狭魔を倒すのは、ド派手なヒーローショーじゃない。煌びやかな舞台でも、華やかなステージでもない。
「そんなんじゃなくて、強かったわ」
桃花が褒めて、照れたように頬を赤らめて、ドーナツを頬張った。
「ふふ。ありがとうね、桃花さん」
片桐母が、嬉しげに微笑んだ。
◇
「七海さんには、桃花と打ち合えるようになってもらうっす。それくらいじゃないと、『禍』の討伐なんて無理っす」
オレは、心をスパルタコーチにすると決めた。七海のためだ。
「え? この辺りに『禍』がいるの?」
桃花が、この話題にも食いついた。
オレは答えようとして、戸惑って、首を傾げる。
「……え、いや、そういうわけじゃ? えっと、流れで『禍』がいるっぽい話にはなったような?」
いないならいないでいい。いない方がいい。
「ねぇ、勇斗クン。明日は、ボクに付き合ってよ? 楽しいことを、教えてあげる」
七海がオレを真っ直ぐに見つめて、悪戯っぽく微笑した。
何を教えてもらえるかは、なんとなく、分かった気がした。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第49話 EP8-9 皆日々を積み重ねる/END