この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「ほら! あそこ!」
淡い水色のワンピースの七海に先導されて、町の商店街に来た。
小さなスーパーが一軒とコンビニが一軒ある以外は、年季の入った個人商店が軒を連ねる、こじんまりとしたところだ。
歩道を走る子供たちと擦れ違い、路地から商店街の裏手に入る。さらに少し行って、古ぼけたビルの自動ドアを潜る。
中は、見たことある制服の受付嬢や、廉価品じゃない武器を腰にさげる大人たちの姿がある。
「楽しいとこって言ったのに! ここ、魔狩ギルドじゃん!」
ノースリーブにミニスカートの桃花が不満を訴えた。
「この地域を担当する、魔狩ギルド支部ですね」
フリルやレースがいっぱいでキュートな私服の琴音も、不満げに同意した。
七海が二人を振り返って、困惑顔で聞く。
「キミたちは誘ってないだろ? そもそも、どこに行くと思ったんだい?」
「どっか遊べるとこ!」
桃花が堂々と即答した。
「そっ、それはっ……」
琴音は、なぜか赤面して、赤い顔を両手で覆った。
古堂は町にナンパに行った。レジャープールは親子連れだらけ、海水浴場は男だらけで、まだ一度も成功してないそうだ。
◇
「おはようございます、水瀬さん」
「おはようございます。資料室使います」
受付嬢に七海の顔パスで、受付カウンターの奥に入った。並ぶ机と忙しそうな職員たちの間を抜けて、職員用のエレベーターに乗った。
当然ながら、ギルド職員以外は勝手に入れないエリアだ。
「ママが、この支部の支部長なんだ」
オレの疑問を察した七海が、ボーイッシュに説明した。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンスニーカーで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
エレベーターが上階で停まる。
上階は、役職の高い職員しか使えない部屋があったりする。オレが入ったことのある部屋だと、桃花のインタビューに付き添った防音応接室が高い階にある。
「資料室って、職員しか利用できないヤツっすか?」
ドアが開いて、エレベーターを降りる。
「そうさ。一般に開放されてるよりも、多くの情報を閲覧できる」
七海が楽しげに答えた。
なるほど、楽しいことを教えてあげる、とはそういうことか。
◇
「七海?! また賞金稼ぎの真似事をしている、って聞いたわよ!」
廊下にいるオバサンが、唐突に声を荒げた。
スカートスーツで、きっちりと容姿を整えた、化粧の濃い、押しの強そうなオバサンだ。状況的に、七海の母親、つまりは、この魔狩ギルド支部の支部長だろう。
「うわぁ……。ママ……」
七海が露骨に気まずそうにする。
水瀬ママが、カツカツとヒールを鳴らして、七海の前に立つ。
「今度は何? こんな子供を巻き込んで……」
オレたちにチラと視線を向けたと思いきや、目を丸くして、琴音の肩を思いっきり掴む。
「もしかして、『白銀の炎』?! 私の支部に来なさい! 厚遇するわ!」
「ひっ!? ひぃぃぃっっっ?!」
琴音が迫真の悲鳴をあげた。
続いて、桃花の肩を思いっきり掴む。
「あらあらあら、『バイオレンス絢染』も! 私の支部に来なさい! 厚遇するわ!」
「……」
桃花は、怪訝そうに睨み返した。こいつはいつもこうだ。
さらに、思いもしなかった、オレの肩を思いっきり掴む。
「遠見 勇斗、『スコーパ』まで! 私の支部に来なさい! 直属の部下にしてあげるわ!」
「ひっ!?」
化粧の濃いオバサンの迫力に、思わず、悲鳴が出そうになった。いや、たぶん、出た。
◇
無事に資料室に着いた。パーテーションで仕切られた、パソコンが並ぶ部屋だ。
「ママが、ああいう人で、ゴメンな」
苦笑いで謝りながら、七海が席の一つに座る。
水瀬ママは、会議に呼ばれて去っていった。会議が終わったらまた来ると言っていた。
その前に帰りたい。帰る。必ず帰ってみせる。
「で、楽しいこと、なんだけど」
七海がパソコンを操作する。オレと桃花は後ろから覗き込む。琴音は怯えきって、あれからずっと桃花の腕にしがみつく。
モニターに、地図が表示される。海岸線と、赤い丸と、数字がある。
「各年の地域ごとの、水難事故の数っすね。水生の狭魔が関連してるものもある、ってことっすよね?」
「さすが『スコーパ』。察しがいいね」
表示が、もっと広域の地図に切り替わる。
「水生の狭魔には、海を広域で回遊するタイプがいる。巡回型の広範囲バージョンって考えて」
狭魔にも、活動範囲のパターンがある。定点の魔力体の狭魔、一定範囲を巡回する雷獣、不規則に気の向くままのスライム、みたいな感じである。
「この範囲で、数年ごとに、規則的に水難事故が増える年があるだろ? そこから、広域回遊を前提に仮説を立てると、こういう回遊コースが推測できる」
七海がマウスカーソルを動かす。自信ありげな口調と声音である。
「でも、仮説は仮説っすよね。単に水難事故が増える原因が、暑いとか雨が多いとか、あっただけかも知れないっす。水生の狭魔がいる、ましてや『禍』がいるとする根拠には、弱すぎるっす」
オレは慎重に、思考をフル回転させながら、反論した。
「それに、未討伐の『禍』なら、襲撃情報がないのはおかしいっす。そんなの、狭間に引き込んだ人を全員殺しでもしないと」
強すぎる狭魔に襲われることはない。水中の狭間に引き込まれるにしても、生存者がいないとは考えづらい。
「申し訳ないっすけど、曖昧もいいとこ、確証がなさすぎっすね。そのデータじゃあ、ギルドは動いてくれないっす。個人で動く魔狩だっているかどうか」
言いかけて、オレは察した。
「そう、だからこそさ。もし、認知すらされていない『禍』がいるとしたら。今年、あの海岸で、ボクだけが討伐のチャンスを得られるとしたら」
情報なしの討伐困難な『禍』を独力で退治すれば、力量、知能、技量の全てを高く評価される。
邪魔な競争相手はいない。純粋に、発見できるかどうか、戦って勝てるかどうか、だけで結果が出せる。
自らに自信のある魔狩なら、これほど血の沸くシチュエーションはないだろう。オレ自身、これに係わって七海のサポートができるなら楽しいだろうと、理解してしまった。
オレは意図せず、口元を緩ませた。七海が、好反応と見て、ボーイッシュに微笑した。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第50話 EP8-10 広域回遊型/END