この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
夜の薄暗い庭で、桃花と七海が木の棒を握って、打ち合う。カンカンと小気味好い音が鳴る。
「だいぶいいわ。でもまだ、動きと動きの継ぎ目で一瞬止まってる。的にされるわよ」
「次の動きを考えるときって、止まるものだろ?」
「え? 七海って、動きを考えながら戦うの?」
桃花はコーチに向いてるのか向いてないのか分からない。
オレは、戦闘技術のコーチなんてできるわけないから、縁側に座って装備の準備とメンテナンスをする。短期間で強化するなら、装備の更新も有効である。
「暗いとこで訓練すると、怪我しねぇか?」
黒い革ジャン革パンツの古堂が、半端に閉じた木の雨戸に手をかけて、庭を覗いた。
ついさっきまで、田舎の町は子供と主婦しか居無ぇ!、と嘆いていた。
「水中の狭間は暗い感じだったっす」
オレは銛を磨きながら答えた。
◇
「休憩! 喉渇いた! お婆ちゃん、麦茶~!」
桃花が縁側にあがって、台所へと走っていった。すっかりこの家の子だ。
「七海さん。装備の試着をお願いするっす」
タオルで汗を拭く七海に声をかける。タンクトップに短パンで露出が多く、視界に入るとドキドキする。
「うん。どんな装備?」
七海がオレの手元を覗き込む。胸の膨らみが目線の高さにくる。ドキドキする。
「二個あるっす。一個は、ボウガンと同じ仕組みで撃ち出せる銛っす。予備動作なしで先手を取れるっす」
手甲と一体型の銛を渡した。
「変な武器だね」
「矢の大きな、近距離しか狙えないアームボウガンっすね。売れなくて処分値安売りだったっす」
「ふふっ。確かに、活用できる人が限られそうだ」
七海が装備感を確かめる。まんざらでもなさそうに見える。
「もう一個は、一本型の脚鰭っす。金属の鱗で覆われて、腰までカバーするっす」
「へ~。マーメイドの下半身みたいだね」
七海が感心して、脚鰭を穿く。
細長い袋を穿く構造で、内部は足腰に密着する着ぐるみみたいになっている。先端は魚の尾鰭の形状で、人の足より水中での推進力を得やすい。
見た目は完全に人魚だ。マーメイドだ。
「おっ? っとっとっと?」
脚鰭を穿いた七海が地面を跳ねる。一本型の尾鰭形状だけあって、地上での機動性は終わってる。
七海が転倒して、ビタンッ、と地面に胸から衝突した。
「大丈夫っすか?」
オレは、心配はしてないけど、声をかけた。
「あははははっ!」
七海が楽しげに笑った。
◇
七海が縁側に座る。脚鰭を穿いたまま、脚を動かす。
「うん。これ、いいね。人気出そう」
気に入ってもらえたようで、一安心だ。
「二個とも、狭間への持ち込みテストをパスしてる正規品っす」
狭間に持ち込めるものには、制限がある。
銃器や機械の類は持ち込めない。狭魔が魔狩を狭間に引き込むなら、持ち込みアイテムも狭魔が制限してるのかも知れない。
狭間も狭魔も、謎が多い。分かってることなんて、ほとんどない。
銃器や機械を持ち込めるようになれば、一般人の被害者は大幅に減る。研究の盛んな人気分野である。
オレは、平たいテンションのまま、続ける。
「やっぱり、ギルドに協力をお願いした方がいいと思うっす」
「無理無理。キミも見ただろ。あのママが許可するわけない」
七海も世間話の口調で答えた。
「片桐さんにお願いするのは?」
「片桐オジサンでも、担当地域外は無理だよ」
「片桐さんに説得をお願いしたら」
「ママは誰の意見も聞かない。自分の考えを何が何でも押し通す」
「あぁ、確かに、そんな感じっしたね……」
水瀬ママの迫力を思い出してしまって、背筋に悪寒が走った。
◇
「そんなに心配しなくても大丈夫さ、勇斗クン。キミがくれたアドバイスと装備で十分だよ」
「でも、データの全くない『禍』かも知れないっす。用心に用心を重ねた方がいいっす。万が一にも」
「ふふっ」
七海が微笑して、人差し指の先をオレの唇に触れた。
オレはドキッとして、思わず黙った。
「コンビって、相棒を信じることだと思うんだ。だから、勇斗クンには、ボクを信じてほしいな」
七海の言葉は、それは、そうだった。
オレは、たぶん、七海の強さを知らなくて、信じてなかった。
桃花は、強さを知ってるし、信じてる。信じて、アドバイスとサポートをする。桃花は信頼に応えて、必ず勝ってくれる。
「……心得たっす。オレも七海さんを信じるっす。相棒を信じて、オレにできる最善を尽くさせてもらうっす」
オレは、覚悟を決めた。七海を信じて、全力で支えて、どんな結果になったとしても、最後まで見届けよう。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第51話 EP8-11 勇斗と七海/END