この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「あぁ、もぅっ。『最上禍』を倒したキュートなスーパールーキーが、どうして夏休みの宿題に苦しまなきゃいけないのよ」
桃花が、低く厚い木の食卓に突っ伏して愚痴った。
絢染 桃花は、学校の勉強が嫌いである。オレの幼馴染みの女子で、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカート姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
オレと桃花と琴音と七海で、低く厚い木の食卓を囲む。朝から夏休みの宿題に励む。畳の部屋で、座布団を敷いて、正座とか胡坐とか、思い思いに座る。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「まだ言ってる。ちゃんと宿題する約束だろ、桃花」
オレは、固い決意で促した。
桃花のお母さんからの、オレの幼馴染みとしての信用が懸かってる。もう後がない。今度こそ、ミッションを達成してみせる。
「皆殺しの『禍』を討伐した未来のアイドル候補が、どうして夏休みの宿題に苦しまなきゃいけないのさ?」
七海も、低く厚い木の食卓に突っ伏して愚痴った。
水瀬 七海は、片桐の知人の娘である。青みがかった黒のショートカットで、しなやかでスラリとして、女の人って感じのボディラインの、ボーイッシュな女子高生である。
タンクトップに短パンで露出が多く、銛を背負う。
七海は桃花に似てると思う。気の強いとことか、自信家のとことか、勉強嫌いなとことか。興味あることへの情熱も、似てる。
「わっ、わたしたちはっ。まか魔狩であある前に、がっ、学生っ、ですからっ」
琴音だけは、正座して背筋を伸ばして、熱心に宿題を進める。知識で戦う『ウィッチ』だけあって、琴音は勉学が得意である。横目にチラチラと桃花を気にする余裕すらある。
真奉 琴音は、オレと桃花のクラスメートである。銀縁の丸メガネに灰色の長い髪を三つ編みにして、小柄で胸が大きい人見知りの女子である。フリルやレースがいっぱいのキュートな私服を好む。
◇
「お早う、諸君。勉強中に申し訳ないが、少しいいかね?」
黒いスーツ姿の片桐が、ドーナツの箱とクーラーボックスを抱えて現れた。
片桐は、背が高く痩せ型で、サングラスと整った髭と、左瞼の縦の傷痕が特徴的な、哀愁漂う渋いオッサンである。
「あたし、アイス! ソーダのヤツ!」
桃花が、おろされる前のクーラーボックスを開け、中のアイスを漁る。すっかりこの家の子である。
「ボクはカフェオレのヤツ!」
七海も桃花と並んで、クーラーボックスの中のアイスを漁る。
「あ、片桐オジサン。勉強の方は休憩中だから、大丈夫さ」
「まだ宿題を始めたばっかりっす」
オレはオレで、七海に桃花と同じノリでツッコめるようになった。成長した。
「お手柄だったわ、七海」
おおっと?! 水瀬ママまで現れた。
「ひぃぃぃっっっ?!」
琴音が迫真の悲鳴をあげた。不格好に四つん這いで慌てて逃げて、桃花の背中に隠れた。
水瀬ママは、七海の母親である。スカートスーツで、きっちりと容姿を整えた、化粧の濃い、押しの強いオバサンである。
「良い報告書を出せたから、私の支部の評価もあがるわね。遠見 勇斗、『スコーパ』の協力のお陰も、感謝するわ」
水瀬ママからオレに、化粧の濃いオバサンのウィンクが放たれた。
背筋に、ゾワワワッ、と悪寒が走った。
「会議があるから帰るけど」
水瀬ママが胸ポケットから名刺を取り出す。部屋に放り投げる。
名刺が三枚、キレイな円を描いて天井を飛ぶ。緩やかに下降して、オレと桃花と琴音の手に納まる。
「名声が欲しくなったら、いつでも私の支部に来なさい。歓迎するわ」
「片桐さんのとこが、家から近いから」
桃花が微塵も動じずに言い返した。
幼馴染みながら頼もしい。こういうとき頼りになる。
水瀬ママは微笑して、背を向けて、廊下を歩き去る。
オレは、見届けてから、安堵に溜め息をついた。
「おいおいおい。あのオバハン、『スナイプ』かぁ? 三点撃ちが正確すぎだぜぇ」
黒い革ジャン革パンツの古堂が、奇妙に斜めったポーズで事情通ぶった。
「ママが、ああいう人で、ゴメンな」
七海が苦笑いで謝った。
◇
片桐も、胸ポケットから名刺を取り出す。七海に差し出す。
「七海ちゃんに、『魔狩通信』から取材の申し込みがあった。若い魔狩にスポットを当てる小さなコーナーだそうだが、受けてみるのもいいだろう」
「えっ?! 本当に?!」
七海がビックリして、震える手で名刺を受け取った。
「やっっっっった! オオアタリ!」
名刺を光に翳して、感動に瞳をキラキラさせる。
「ふっ、ふ~ん。七海も、アタシに追いついてきたってわけ? ま、まぁ、アタシは、特集記事だったけど」
桃花が動揺の口調で、キョドりながら強がった。
「桃花のは、最強の人のオマケだっただろ」
オレは、普段のノリでツッコむ。慣れ親しんだ雰囲気に落ち着く。
「勇斗クンのお陰だよ! キミのサポートで、ボクは一つ強くなれた!」
七海がオレの腕に抱きついた。ビックリした。
タンクトップから溢れる胸の柔らかさを、腕に直に触れて感じて、ドキドキもする。
「やっぱり、ボクと、コンビを組もう。ボクは、もっともっと強くなりたい」
七海の顔が近い。胸の谷間に腕を挟まれて、さらにドキドキする。
「ちょっ、ちょっと?! まだ言ってたの?! 勇斗はアタシのパートナーなんだってば!」
桃花が、オレと七海の間に割り込んだ。
オレも、七海のサポートをして、一つ成長した気がする。桃花や琴音では絶対に知ることのできなかった世界を、知った気がする。
オレは、心からの笑顔で答える。
「約束通りに、大人になってから、ってことで」
「え~~~?!」
七海が不満げにブーイングした。
「なにそれ!? なにそれ!?」
桃花が、裏切者を見る冷たい目で、オレと七海を交互に睨んだ。
皆殺しの『禍』の討伐は、一夏の思い出とするには強烈すぎた。一生、忘れないだろう。
そして、オレに一つの道を示した。
強い人でも、そうじゃない人でも、サポートする。一緒には戦えないけど、支えて、心は一緒に戦う。
そういう生き方もいいんじゃないかと、思った。まぁ、大人になってから、だけど。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第55話 EP8-15 一夏の思い出/END