この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。普段着のTシャツジーパンで、腰に廉価品の長剣をさげる、一応、駆け出しの魔狩である。
「勇斗~! ちょっと付き合って~!」
外から、桃花に呼ばれた。
オレは、二階のオレの部屋の窓から、外を見る。
片桐の実家から帰って、数日が経った。『禍』の件があったから、当初の予定よりも長くお世話になった。
でも、夏休みはまだまだ続く。長い休みは素晴らしい。
「悪い、桃花。オレは今、拠点の哨戒に忙しいんだ」
オレは、庭からこっちを見あげる桃花に謝った。
絢染 桃花は魔狩である。オレの幼馴染みで、十四歳の中学生で、桃色の長い髪で、華奢で、胸が小さい。
いつもの私服、ノースリーブにミニスカートにスニーカー姿で、腰に自身と同サイズの両刃の大剣をさげる。
桃花が不機嫌な顔をする。
「黒岩堂に行くんだけど!」
「だったら行く! ちょっと待ってて!」
オレは慌てて、ボイチャで謝って、オンゲからログアウトした。
◇
夏の日差しが暑い。汗が滴る。セミの声が煩い。
オレと桃花で二人で並んで、住宅地から少し離れた山沿いの道を歩く。人気なく、草ボウボウの空き地ばかりで、ポツポツと疎らにしか建物のない、荒れたアスファルトの道の、寂れた場所である。
「オレ的には、日本刀が欲しいわけ」
「勇斗に日本刀が使いこなせるわけないでしょ」
他愛ないお喋りをしながら、目的地を目指す。
ここの道には、暗い山の中へと続く古い道が幾本も伸びる。神隠しの昔話もあったりして、昼間でも一人で歩くのは怖い。
「……ちょっと寄り道」
桃花が足をとめて、山の方を見た。木々に暗い山の道の一本へと、踏み込んだ。
前触れもなく、空気が変わった。
◇
桃花が消える。直前までいた場所に、もういない。
桃花は、この世界から、狭間と呼ばれる世界に引き込まれたのだ。
普通は、この世界から狭間は見えない。オレは、見える特殊能力持ちだから、見える。
暗い森みたいな、灰色と黒の狭間だ。
球体を筋肉達磨にしてマッチョな腕脚を生やしたような見た目の、桃花の三倍くらいの背丈の黒い狭魔がいる。
見ただけで、オレの視界が暗くなる。真夏の真っ昼間だってのに、何もない、音のない、闇の中にいる気分に……。……オレは、孤独に、オレは、無に、オレは、佇む。
桃花は強くなった。力量があがった。今や、最強と呼ばれる魔狩たちの背中を追えるほどに、だ。
だから、桃花を引き込む狭魔も、強くなった。最強の人が戦う狭魔ほどじゃないけど、見ただけでおかしくなるような、ヤバいヤツになった。
「キモい!」
桃花が、腰の革鞘から大剣を抜く。抜きざまに、横一文字にマッチョ狭魔に斬りつける。
「ミシィッ」
奇怪な声のような軋みのような音で、マッチョ狭魔が握り合わせた両手を頭上に振りあげる。頭と呼べそうな部位はないけど、筋肉達磨の上方だから、便宜上は頭上としておこう。
桃花の大剣が、マッチョ狭魔の横っ腹に食い込んだ。便宜上は横っ腹と。
「ミシミシミシィッ!」
横っ腹に食い込んで、大剣が途中でとまった。両断に至らなかった。
マッチョ狭魔のムキムキの両腕が、鈍重に漫然と、ハンマーナックルを桃花へと振りおろす。
「キィーッ! モォーッ! いぃーっ!」
桃花は構わず、両手で握った両刃の大剣に、握る両手に渾身の力を込める。必死の形相で歯を食いしばる。
「ミ゛ィジィィィッ!」
ハンマーナックルが届く前に、マッチョ狭魔の上半身が宙に舞った。便宜上は上半身と。
◇
桃花が再び、暗い山の中へと続く古い道にいる。息荒く汗だくで、落ちてきた小石をキャッチする。
狭魔を倒すと、消えて小石に変わる。その小石を魔狩ギルドに持ち込むと、賞金や実績や評価に変えてくれるのである。
「大丈夫か、桃花? 苦戦してたみたいだけど」
オレは気遣って、声をかけた。
「雷獣戦の後から、斬れ味が今一なのよ。黒岩堂で整備してもらおうと思って」
桃花が軽く答えた。
黒岩堂は、魔狩向けの装備を扱う店である。スキンヘッドの頑固オヤジが店主の、店主一人で営業してる、一軒家の小さな武器屋である。
廉価品の装備は、明るい量販店で売られてる。魔狩向けの装備は、暗く小さな玄人向けの小売店で売ってる。そういうイメージがある。
「だったら、早く行こうぜ。オレに相応しい格好いい武器もあるといいなぁ~」
オレは浮かれて相槌を打った。廉価品の長剣を卒業して、魔狩として次のステップに踏み出す凛々しい自分を妄想して、楽しい気分だった。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第56話 EP9-1 爽やかな青年/END